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映像学科22番

映画と日常

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週刊映画鑑賞記(2022.11/21~2022.11/27)

トガジンです。

毎週日曜日はこの一週間に観た映像作品を日記代わりに書き留めています。

今週見たのはこの2本です。
20221027 TOP画像



11/23(水)
『夏への扉 キミのいる未来へ』🈠
(ホームシアター:WOWOW録画)
『夏への扉-キミのいる未来へ-』ポスター画像(横長)
ロバート・A・ハインラインが1956年に発表した名作SF小説を現代の日本に置き換えて映画化した作品です。

『夏への扉』表紙(早川文庫SF)
原作を読んだのは中3のときです。
『宇宙の戦士』と同じ作者によるタイムトラベルものということで無性に読みたくなったものの、残念ながら学校の図書館には置かれていなかったため文庫本を買って読みました。
当時、マンガは絶対に買ってくれなかった母親も、「読みたい小説があるけど図書館になかった。」と言うと喜んで資金を出してくれたのです。
あと、この本を読んでいたとき、タイトルを覗き見た母親が何を勘違いしたのか「あら~、あんたもこういうの読むようになったんやね~。」とニヤニヤしながら言ってきたので「違う違う、これはSF小説や!。」と必死に弁明したことも今は懐かしい思い出です(笑)。

あまりに面白かったので、自分で時間軸の図を描いて時間の流れと主人公の動きを整理して2~3度読み返しました。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』3部作をそれぞれ一回見ただけで内容(時間軸の流れと変化)を正確に理解出来たのは、中学時代に読んだ『夏への扉』と、幼少時から親しんでいた藤子不二雄先生の『ドラえもん』のおかげだと思ってます(笑)。


時代と舞台を現代日本に翻案して映画化すると知った時には主演がイケメン若手俳優ということに警戒心があったものの、原作が好きだったことと翻案部分にかなり興味があって見に行く気満々でおりました。
しかし、本当なら昨年2月に公開するはずだったのが例のウィルス感染の影響で公開延期になってしまい、その後情報が混乱したこともあって劇場公開時にはうっかり見逃してしまいました。

『夏への扉』黒幕は?
脚本は原作を現代日本にアレンジしただけでなく、更にオリジナル要素も加えていてよく出来ていたと思います。
原作を知っている私でも、主人公が未来世界で得た仲間たちの協力で逆転に成功する爽快さと伏線回収の心地よさが楽しめました。
(タイムパラドックス問題については元々原作が内包していたものなので不問に付します。)

三木孝浩監督は以前『僕は明日昨日の君とデートする』でも時間SFを手掛けていますが、「時間の可逆性」という難しい設定をうまく表現しきれずに作劇そのものも空中分解していました。
あの『僕は~』と同じ監督ということで内心不安はありましたが、今回は原作と脚本が良かったおかげでSF映画として成立しています。

『夏への扉』猫のピート
この映画、何といっても猫のピートが最高です!。
特に主人公を助けるとか逆転のチャンスを作り出す存在というわけでもないのですが、夏への扉の存在を決して諦めないピートの行動がこの作品の根幹となっています。
猫のピートの遠い空を見上げる瞳が映画ならではの説得力をもたらしました。

『にゃつへの扉』ポスター画像
そのご褒美なのか、ピートが主役のポスターも作られたみたいです(笑)。

『夏への扉』アンドロイドのピート笑う
映画オリジナルキャラクターの介護用アンドロイド:ピートも、「コミカルなターミネーター」といった感じでとても良いキャラでした。
原作に登場した30年後の職場仲間に相当するキャラクターだと思われますが、未来世界での相棒を高性能なアンドロイドに設定変更したことで映画的面白さが出たように思います。

演じたのは藤木直人さん。
以前はイケメン俳優&歌手として名を馳せた人ですが、今はこういう渋くてクセのある役もやるようになっていたのですね。

『夏への扉』アンドロイドのピートと猫のピート
ピートの謎めいたセリフ「まだお気づきになりませんか?。」「私はあなた(主人公)の子供です。」の意味がまだ気になっていて、時間があればもう一回最初から見返したいと思っています。

『夏への扉』莉子
そして、主人公を密かに想う血の繋がらない義理の妹(なんという魅惑的な存在!):莉子を演じる清原果耶さんが最高です!。
「この子を救ってあげてくれ!」と観客に思わせることがこの映画の第1のキモですが、彼女は完璧にその役割を果たしています。
(ネタバレになりますが)密かに想っている主人公からいつも子供扱いされていた莉子は、主人公が再度コールドスリープした10年後、彼との年齢差を埋めるため自分もコールドスリープに入ります。
原作のミッチー(莉子に相当する少女)も数年後にコールドスリープして主人公との年齢差を縮めていましたが、それは主人公の希望によるものでした。
しかし、この映画の莉子はあくまで彼女が自分の意志で決めていたのです。
その理由を「猫のピートと同じく諦めが悪い」としたことで、この映画に原作には無かった一本の縦筋が通ったように思います。
ラスト、主人公の前で目覚める莉子(清原果耶さん)の愛らしさは悶絶ものです。(#^.^#)

『夏への扉』主人公の恰好
唯一残念だったのは、主人公を演じる山崎建人さん。
彼の演技に過不足はないですが、その出で立ちと行動に違和感があり過ぎなのです。

まず、アンドロイドだのプラズマ蓄電池だの凄いものを次々発明してしまう天才科学者の役なのに、服装がプリントシャツに派手な色使いの上着とズボンという、その辺にたむろしている普通の大学生と大して変わりありません。
別に「科学者なんだから白衣着てろ」とか「オシャレになんかに気を使わないだろうから地味な恰好であるべき」などと杓子定規的なことを言うつもりはありませんが、「こいつは若いけど実は凄い科学者なんだ」と一目で感じさせてくれる外観とか服飾デザインは必要だったと思います。
あの衣装のせいで主人公のリアリティが大きく削がれました。
「どうせ山崎健人目当てに若い女性客がメインだから、リアリティなんかどうでもいいからオシャレな恰好させたほうがいい。」というプロデューサーや配給会社の浅い思惑が見え隠れします。

『夏への扉』敵に手の内を喋ってしまうおバカ主人公
あと、酔った勢いで自分を裏切った女に逆襲計画を洗いざらい喋ってしまうのはあまりにもおバカ過ぎます。
ここだけは見た目相応の知能レベルでした(笑)。



11/25(金)
『帰ってきたウルトラマン マットアロー1号発進命令』
(ホームシアター:AMAZON PRIME VIDEO)
DAICON『帰マン』プライムビデオ
先週から配信が始まった『シン・ウルトラマン』を観ようとプライムビデオを開いてみたら、何故かこっちが先に出てきました。
で、つい反射的にポチっと・・・(笑)。

『帰ってきたウルトラマン』庵野秀明顔出し版
最初に見たのは大学2回生の時でした。
秋の大学祭か五月祭(春の文化祭)のいずれかで自主映画上映会があって、その目玉作品として新作の『八岐之大蛇の逆襲』と一緒に上映されていました。
予備知識ゼロで見たため、ウルトラマンが人間の素顔のまま出てきた(しかも変身前とは別人)ときには、笑うことも忘れて唖然としたことを覚えています。
あの時は「技術的かあるいは予算的な理由でウルトラマンのマスクを作ることが出来なかったんだろう」と思っていたんですが、思い切った演出とジャージ姿で完全にウルトラマンになり切っていた先輩の姿に自然に引き込まれていきました。
でも、あとになって「あれは意図的にやっていた。というより、あれをやるのが目的だった。」と聞かされて、当時自分でも自主映画で特撮ものをやろうとしていた私は「自分がいかに固定観念に囚われていたか」と思い知らされました。

その先輩が後に『トップをねらえ!』『エヴァンゲリオン』『シン・ゴジラ』を作ることになる庵野秀明監督だったことを知ったのはずいぶん後になってからのことです。


2度目を見たのは7~8年くらい前だったでしょうか。
画質が酷く悪いYouTUBEでした。
驚くべきことに今もまだ残っていたのでリンクしておきますが、これを見るよりアマゾンプライムで見ることをお薦めします(笑)。

DAICON『帰マン』ミニチュア街
今回のアマゾンプライム版はずいぶん綺麗にレストアされていて「8ミリフィルムにはこんなにも多くの情報が詰め込まれていたのか!?。」と驚かされました。
ミニチュア建物の作りこみがよく見えますし、怪獣の着ぐるみも(やや粗さはあるものの)しっかり作られていることが見て取れます。

DAICON『帰マン』ローアングル
怪獣やウルトラマンを撮るカメラアングルは基本的にローアングル。
つまり人間からの視点です。
プロが作る本家ウルトラマンやゴジラも晩年になると予算不足や時間に追われるようになって、人間が仰ぎ見る怪獣や巨人という画作りを忘れがちになり、平気で怪獣目線で場面を描くようになっていました。
それを思い起こさせてくれたのがアマチュアが作った自主制作作品だったというのも皮肉な話です。

DAICON『帰マン』マットアロー1号
メカ描写もカメラアングルと編集テクニックで見事に騙されました。
このマットアロー1号が紙製だなんて今見ても信じられません。

DAICON『帰マン』マットジャイロ3機
サブタイトルは『マットアロー1号発進命令』ですが、私としては個人的に一押しのウルトラメカ:マットジャイロが3機も出てきて大喜びです。
流石は庵野監督、分かってるなあ。
どんな動きをしてくるか分からない怪獣を相手にするには、直線移動しか出来ないジェット戦闘機より機動性が高くて武器搭載量も多いヘリコプターのほうが絶対に有効なのです。
(もしかすると、これは脚本の岡田斗司夫さんか特技監督の赤井孝美さんの案かも知れませんが・・・。)

DAICON『帰マン』MAT制服
ただ、MATと言いながら制服はウルトラ警備隊っぽいのはご愛敬ということで(笑)。

ストーリーは、強力な怪獣出現に対しMAT上層部から熱核攻撃命令が下されてしまうという結構シリアスなお話です。
本家『帰ってきたウルトラマン』の第5話/第6話(グドンとツインテールの回)をベースに『ウルトラセブン』のテイストも加えたような内容になっています。

DAICON『帰マン』勝利
『シン・ウルトラマン』ブルーレイ発売の際には、是非この『帰ってきたウルトラマン マットアロー1号発進命令』も収録していただきたいです。(もちろんメイキングもセットで!)
あと、どうせなら樋口真嗣監督が特撮を担当した『八岐大蛇の逆襲』も一緒に収録お願いします。


今週もお付き合いいただきありがとうございました。
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週刊映画鑑賞記(2022.11/14~2022.11/20)

トガジンです。

毎週日曜日はこの一週間に観た映像作品を日記代わりに書き留めています。

今週観た映画はこの2本。
20221020 トップ画像
一つは、今をときめく人気アニメ監督の最新作。
そしてもう一つは、50年以上前に割腹自決した天才作家のドキュメンタリー。
このあまりの振れ幅の大きさに我ながら笑ってしまいます。



11/14(月)
『すずめの戸締り』🈠
(劇場:イオンシネマ白山)
『すずめの戸締り』ポスター画像
『君の名は。』『天気の子』で一躍有名になった新海誠監督の最新作。

この日は午後から石川県野々市(ののいち)市でお仕事でした。
午前中はスケジュールがガラ空きだったため、仕事の前に白山市(野々市のお隣)のイオンシネマでこのアニメを観てから行くことにしました。
仕事前にアニメ映画とは「流石は俺!」って感じです(笑)。

現在秋の繁忙期真最中にある私としては映画館に行けるチャンスはこういう時くらいしかありません。
アニメ好きの妻も前から楽しみにしていた映画だったので出来れば一緒に行きたかったのですが、彼女は月曜は仕事が休めないうえに、そもそも今回の私は仕事へ行くついでなので無理でした。
それで「悪いけど・・・。」と言ったら妻からは意外な返事が!。

「いいよ、あたしはもう土曜に見てきたから。」

早っ!。
流石は中高生時代に雑誌「アニメージュ」に投稿が載ったことがあるという筋金入りのアニメ好きです。
妻曰く、「前の『天気の子』は全然ダメだったけど、アマゾンプライムで冒頭12分を見てビビッときた。」「凄く良かった。もう一回観にいきたいくらい。」とのことでした。
私も新海監督作品については、内容は良くても音の演出(特に音楽の使い方)が毎回酷くて警戒していたんですが、その点でも彼女の太鼓判が押されたことで安心して見に行けました。

2022-11-14 001
私が観たのは朝9時35分の回。
イオンモール開館前なので映画館へ直通のエレベーターでロビー入りし、事前に予約していたチケットを発券しました。
ここのシアター8はドルビーアトモス対応ですが、残念ながら『すずめの戸締り』はアトモス音響仕様ではなかったです。

2022-11-14 008
平日の午前中だというのに観客はかなりの数が入っていました。
いつもの「NO MORE 映画泥棒」上映中に周囲を見渡すと、後部の座席はほぼ満員で私が座った中央部も数席だけ残してほとんど埋まっていました。
満席とまではいかなかったものの、キャパ176席のうち3分の2くらいは入っていたように思います。

『すずめの戸締り』出会い
地震発生の原因となる龍脈を抑えるため日本全国を渡り歩き、次元の扉を閉じて回っているイケメン大学生+閉じ師の宗像草太と出会った鹿児島の女子高生:岩戸鈴芽(すずめ)。
彼女は幼少時代別の土地に住んでいたときに次元の扉をくぐり抜けたことがあったのですがその記憶はハッキリしません。

『すずめの戸締り』ミミズ出現
今は廃墟となった観光施設に発生した扉を見つけたすずめはそこにあった「要石」と呼ばれるネコ型の物体を引き抜いてしまいますが、その後その扉から「ミミズ」と呼ばれる地震の発生源が出現!。
それを閉じようとする草太を助けて大地震発生を食い止めます。

『すずめの戸締り』ダイジンを追って
ネコのような動物に変化した要石は草太を壊れた椅子に変身させると、まるで自分を追いかけさせたいかのようにSNSに自らの情報を晒しながら四国、神戸、そして東京と日本各地に出没するようになります。
すずめと壊れた椅子の姿の草太は、それぞれの土地で次元の扉を閉じながらSNS上で「ダイジン」と名付けられたネコを追うことに・・・。

二宮金次郎像
「地震の発生源である龍脈を抑える要石」といえば、私は荒俣宏先生の『帝都物語』の二宮金次郎の石像を連想してしまいます。
多分、あれと同じようなものだろうと思いながら見ておりました。

『すずめの戸締り』3,11
ネタバレを避けるため明記はしませんが、思った通り、すずめと草太はやはり最終的にあの場所へと行きつきました。
あれから11年。
比喩としてではなく、真正面からあの災害に向き合ったアニメ映画を見たのはこれが初めてのような気がします。

『すずめの戸締り』神戸
ただ、一部気になった部分がありました。
神戸で一晩過ごしたとき、ミミズが原因の軽い地震が起きるのですが神戸の人たちのリアクションが薄すぎる気がしたのです。
今から四半世紀前の阪神淡路大震災を経験した神戸の人を描くなら、「あれ、揺れた?。」だけで終わらせず「27年前の震災を思い出すわ~。」くらいのセリフがあって然るべきではないでしょうか。
せめてカラオケで「ギザギザハートの子守歌」を歌う世代のオジサンにはそんなセリフを言わせても良かったと思います。

長田区海運町 住宅火災の跡(19950118)
当時の私は大阪でマスコミ関係の仕事をしていて、あの震災発生後は約2ヶ月間神戸のホテルに缶詰め状態にされて毎日ワイドショー番組の仕事に明け暮れていました。
私は焼け野原になった長田区の惨状も三宮のビル崩壊も淡路島の活断層もこの目で見てきたのです。
そのため、神戸の人の地震に対するリアクションがあっさりし過ぎていることと、あの阪神淡路大震災に全く触れようとしないことに違和感を覚えました。
新海監督は制作時にあの阪神淡路大震災のことを忘れていた(あるいは知らなかった)なんてことはないはずです。
「もう四半世紀も前なのでメイン客層である若い人は知らないだろうから触れないでおこう」とでも考えたのでしょうか?。

『すずめの戸締り』ルミの車
それと、四国から神戸へ移動する際、あまりにも都合よく神戸行きの女性の車に乗せてもらえたことに不自然さを感じました。
あの出会いも実はダイジンの差し金だったということなのでしょうか?。

『すずめの戸締り』すずめ
今回は音楽の使い方が真っ当な感じで、感情移入や考察の妨げになるような酷い音楽演出が無かったのでごく自然に物語世界に没入出来ました。
新海誠監督の作品としてこれは大きな進歩です(笑)。

以前の『君の名は。』と『天気の子』では物語の大事な部分に限ってRADWIMPSの歌が前面に押し出されてきて、観客が自力で咀嚼するべき内容をおせっかいにも歌で代弁してしまうのが鬱陶しくて仕方なかったのです。
あれではもはや挿入歌ではありません。
RADWIMPSのミュージックビデオです。
特に『天気の子』のクライマックスでは、主人公の大事なセリフがボーカルにかき消されて聞こえにくかったほどで、新海監督の音響センスを心底疑っておりました。

今回は登場人物の心情表現を挿入歌に頼ることはせず、RADWIMPSの歌はエンディングとしてのみ使われています。
おかげで前2作とは違って素直に作品世界に没入することが出来ました。

『すずめの戸締り』芹沢と叔母さん
その代わり、今作ではドライブ中に流す音楽やバーのカラオケで昭和の歌謡曲がやたらいっぱい流れてきます。
笑えたのは、懐メロを延々再生しながら運転する芹澤(草太の親友)に対して助手席の環(すずめの親代わりの叔母)が「歌がウルさい!」と文句を言う場面です。
あれは前作、前々作で「RADWIMPSの歌が邪魔!」という苦情が多かったことに対する反省でしょうか?(笑)。


結論としては、私ももう一回観に行きたいくらい良かったです。

ひとつだけ残念だった点は、最新のドルビーアトモス立体音響ではなかったこと。
上空へ伸びていく不気味なミミズや東京での道路横断アクション、そしてラストの異世界での戦いなど、立体音響が活きる場面はかなり多かったのですがね。



11/16(水)
『三島由紀夫vs東大全共闘~50年目の真実~』🈠
(ホームシアター:WOWOW録画)
『三島由紀夫vs東大全共闘~50年目の真実~』ポスター画像
1969年5月。
東大の大講堂に全共闘左翼学生1000人が集まり、ゲストとして迎えた作家:三島由紀夫氏と激論を交わしました。
その模様をTBSが記録撮影したフィルムを元に作られたドキュメンタリー映画です。


恥ずかしながら、私は三島由紀夫氏の小説は一冊も読んだことはありません。
しかし、この日レコーダーの録画リストを眺めているうち、まるで何かに吸い寄せられるかのように決定ボタンを押していました。

昭和29年版『ゴジラ』と三島由紀夫
三島由紀夫といえば、私にはあの有名なクーデターと割腹自殺だけでなく、映画『ゴジラ』(昭和29年版)について「ゴジラは太平洋戦争で散っていった英霊たちの象徴だ」と語ったことでも強く印象に残っている人です。
その三島氏が動き、喋り、笑う姿を見てみたい、というのが視聴の要因だったと思います。

『三島由紀夫vs東大全共闘~50年目の真実~』スチール
三島氏が対峙する東大全共闘とは、「敗戦後の日本はアメリカの属国」「戦後の民主主義は欺瞞に満ちている」と、暴力に訴えて国政に抵抗しようとした集団であることくらいは理解しているつもりです。
しかし、3流大学出の私には彼らが熱く語る言葉のほとんどが「ちょっと何言ってるか分かんないっす」状態でした(汗)。

ただ、「あの三島を論破してこの場で切腹させてやる!」と敵意むき出しの過激派にも、「ボク賢いでしょ」的な不遜な態度を取る生意気なインテリ学生に対しても、真剣にそして丁寧な言葉で受け答えしてみせる三島由紀夫という人がとてつもなく大きな人に見えました。

三島由紀夫vs東大全共闘 一場面
3流大学出のこの私にもなんとか理解出来た・・・というか感じ取れた部分もありました。
それは「三島由紀夫という革命的作家と東大全共闘メンバーたちは、方法や方向性は違えども実は同じ相手と戦おうとしている同じ穴のムジナではないのか?」ということです。
少なくとも三島由紀夫氏のほうは、全共闘学生の中から「楯の会」メンバーとなって自分と共に戦ってくれる仲間を見つけ出そうとしているかのように感じました。

三島由紀夫vs東大全共闘 戦前派作家vsインテリ学生
しかし、三島氏の想いは当時の東大生たちには通じませんでした。
三島氏が考えている日本という国の拠り所は「天皇の存在」にあったからです。
しかし、対する大学生たちからは天皇に関する話は一言も発せられませんでした。

考えてみれば当然です。
三島由紀夫氏は大正14年(1925年)生まれ。
少年期には「天皇陛下は現人神である」と軍国教育を受けて育ち、敗戦後「人間天皇」宣言を聞いた時の彼は今目の前にいる1000人の若者たちと同じくらいの年齢だったのです。
対する東大生たちは全員が戦後生まれで最初から「人間天皇」ありきで育ってきているため、戦前教育をベースとする三島氏との接点はほとんど無かったと思います。

『三島由紀夫vs東大全共闘』三島語る
最後に語った三島氏の言葉が私にはなんとなく哀しく聞こえました。

「君たちの熱情は信じる。他は何も信じないがそれだけは信じる。」



今週もお付き合いいただきありがとうございました。

【朗報】ガメラ再臨!!

トガジンです。

『ガメラ リバース』ティザー・ビジュアル
怪獣映画ファンの皆様、朗報です!

ガメラの新作が制作決定したそうです。
タイトルは『GAMERA -Rebirth- (ガメラ・リバース)』
Netflixで世界配信とのことです。

『小さき勇者たち~ガメラ~』公開から16年。
宮藤官九郎さんがギャオスに喰われた謎の予告編から7年。

ついに来ますか~。
令和ガメラ!

ちなみにニュースソースはこちらです。

https://av.watch.impress.co.jp/docs/news/1456449.html



監督も脚本家も出演者も配信時期もまだ何ひとつ分かりませんが、今私が知りたいことはただ1つ。

「エキストラ募集は何時?、何処で!?」


なんかもう、喜び過ぎてまとまりのない記事になってしまいました。
スミマセン。
散文乱文にお付き合いいただきありがとうございました。

週刊映画鑑賞記(2022.11/7~2022.11/13)

トガジンです。

毎週日曜日はこの一週間に観た映像作品を日記代わりに書き留めています。
と言っても、今週観た映画は↓の1本のみでした。



11/11(金)
『忍者部隊月光』🈠
(ホームシアター:東映チャンネル録画)
『忍者部隊月光』ポスター画像
1964年公開作品、つまり私が生まれた年の映画です。
ポスターはカラーですが映画はモノクロでした。

当時『忍者部隊月光』は原作漫画を元にTVドラマ化されて好評を博していました。
本作はその人気を受けて作られた劇場版という位置づけです。

『忍者部隊月光』原作漫画
原作はタツノコプロの創始者:吉田竜夫さんが漫画家時代に描いた忍者アクションものです。
現代の裏世界で忍者部隊が悪の組織と戦うというスタイルは、後の『科学忍者隊ガッチャマン』の原型と言えるかも知れません。

『忍者部隊月光』忍者部隊
原作漫画では幼い顔立ちをしている月光ですが、実写版ではいかついオッサンになってました(失礼!)。
当時東映スタッフは『忍者部隊月光』をアメリカの戦争ドラマ『コンバット』みたいなイメージ作りたかったため、主役の年齢を大人に設定したそうです。
それにしても、もう少し若くてスマートな人でもよかったんじゃないかと・・・(これまた失礼!)。

主演の俳優さんはよく存じ上げませんが、右から2番目のクールな感じの人は『電人ザボーガー』の大門豊(主演)や『仮面ライダーV3』の結城丈二(ライダーマン)の山口暁さんですね。
あと、忍者部隊の司令官役は『ウルトラセブン』のキリヤマ隊長こと中山昭二さんでした。
幼少期に馴染んでいた俳優さんが出てくると、それだけで安心して見ていられます。

あと、音楽担当が渡辺宙明先生でした。
あの低音を活かした独特のリズム感はまだ確立されていないようですが、それでもやはり特撮ファンにはお馴染みの作曲家さんということで安心感がありました。

ところで・・・。
20221008皆既月食
今週この作品をチョイスした理由ですが、別に先日(11/8)「皆既月食+天王星食」があったからではありません(笑)。
帰宅後、レコーダーの中で上映時間短めの映画を探していたら、先日予約録画しておいたこの映画が80分とちょうどいい長さだったのでこれに決めただけのことです。

あの日、既月食の時間,はまだ仕事中だったのですが、しばらくの間外に出て仕事仲間数人と一緒に月を眺めておりました。
皆既月食と天王星食が同時に見られるのは日本では442年ぶりだったそうで、なんだか歴史の証人になれたみたいで得した気分でした。
(さすがに天王星は肉眼では見えなかったですが・・・)

ふと、夏目漱石が「I Love You」を「月が綺麗ですね」と訳したという粋なエピソードを思い出していました。
残念ながらあのとき一緒に月を見上げていたのはムサ苦しい野郎共ばかりでしたけど(笑)、もし可愛い女性が隣にいたら思わず口に出していたかも知れません。
でも、赤い月って、綺麗というよりなんだか不吉な感じがするのですがね。

次に皆既月食が日本で見られるのは3年後だそうです。


今週もお付き合いいただきありがとうございました。

『宇宙戦艦ヤマト』第一作 ~書籍版ヤマト補完計画~

トガジンです。

松本零士漫画版第一回表紙
10月6日から一ヶ月以上に渡り、毎週私なりの『宇宙戦艦ヤマト』偏愛記事(笑)を書き続けて参りました。
今回、松本零士先生の漫画版を始め小説やムック本など各種書籍媒体について書いて終わりとします。

ただし、既に手元には無い本や知人に借りて読んだ本、あと立ち読みした本については記憶を頼りに書いておりますので間違っている部分があるかも知れません。
また、一部の漫画や小説についてはネタバレを含んでいる記事があります。
以上2点を予めご了承願います。



【冒険王】
『宇宙戦艦ヤマト』復刻版
まずは、当時秋田書店の月刊誌「冒険王」に連載されていた松本零士先生によるコミカライズ版の話から。
数年前、連載当時のカラーページから煽り文章まで再現した復刻版コミックが発売されました。
以下の「冒険王」掲載コミックの写真はこの本から引用したものです。

散髪屋さんにあった漫画雑誌
小学生の頃、毎月通っていた散髪屋の待合席には、そこの息子さんが相当な漫画好きだったらしく「少年サンデー」や「少年マガジン」などの漫画雑誌が置かれていて、それらに混じって「冒険王」も置いてありました。
ただし、それらの雑誌が待合室の棚に置かれるのは息子さんが完全に読み終わってからなので、どれも発売されてから数週間経ったものばかりだったと思います。
それでも、普段は漫画本など滅多に買ってもらえない小学生にとってその散髪屋さんはパラダイスそのものでした(笑)。

私は毎月散髪へ行くたびに、そこで一ヶ月分の漫画誌をまとめ読みすることを楽しみにしていました。
自分の番を待つ間はもちろんのこと、髪を切ってもらっている間もずっと漫画本を手離さなかったですし、散髪が終わってからも読み残しが無いよう長時間居座っておりました。
今思えば漫画喫茶みたいなことをしていたわけで、その散髪屋さんにはずいぶんご迷惑をかけていた気がします(汗)。

『宇宙戦艦ヤマト』冒険王1974年11月号宣伝
「冒険王」昭和49年10月号に載っていた新番組紹介ページで『宇宙戦艦ヤマト』のことを知ったのもその散髪屋さんでした。
それまでにない繊細なキャラクターと、やたらリアルな宇宙船の絵が私の心に刺さりました。
この絵を見たのはアニメ放送開始の10日ほど前だったと記憶しています。
そして、その数日後『侍ジャイアンツ』最終回の最後に流れた予告で次の番組が『宇宙戦艦ヤマト』であることを知りました。

冒険王 昭和49年11月号(ヤマト第1話掲載誌)
松本零士先生の手による漫画版『宇宙戦艦ヤマト』連載開始は「冒険王」昭和49年11月号からです。

松本漫画版1話 バカメ
『宇宙戦艦ヤマト』は私が初めて読んだ松本漫画でもありました。
壁一面に無数のアナログメーターが埋め込まれた宇宙船内部や地下都市司令部が物凄くカッコ良く見えたものです。

松本漫画1話ラスト
漫画版第一回の内容はTVアニメ第1話とほぼ同じで、ラストも干からびた地表に佇む旧・戦艦大和の残骸を古代と島が見つけて驚くシーンで終わります。
ただし、前述したように私が散髪屋で漫画雑誌を読めるのは発売から数週間経ってからであり、私がこの第1話を読んだときにはアニメのヤマトはすでに発進済みでした。

それでも、まだビデオなど無かった時代のことです。
TVアニメ『宇宙戦艦ヤマト』にどっぷりハマっていた私としては「あ、1話目がそのまんま描いてある。」と、以前の話を誌上で追体験できることを楽しんでおりました。

松本漫画版2話表紙
しかし、「冒険王」は月刊誌だったため松本先生の漫画版は進行がひどく遅かったです。
ヤマトが発進する第2回を読んだのは放送開始からもう2ヶ月以上経ってからでした。
「こんな遅いペースでTVに追いつけるのかな?。」と子供心にも心配になりました。

松本漫画版4話報告だけで終わった冥王星基地編
私の心配は的中しました。
第3回でワープテストと波動砲試射を終えて「次は冥王星の反射衛星砲かな?。」と思いながら第4回を読むと、なんと冥王星基地戦は端折られていてデスラーへの陥落報告だけで済まされてしまいます。
そしていきなり宇宙機雷に囲まれて「次号へ続く」・・・?。
子供の目からも、作者が大急ぎで話を進めようとしていることが分かりました。

「零士よ急げ、最終回まであとわずかしかない!。」と木村幌さんのナレーションが聞こえてきそうです(笑)。

松本漫画版5話 あと一回
続く第5回では冒頭で機雷群を突破し、オリオン座の罠を波動砲で切り抜けてワープしたら異次元断層に落ち込んでまた「次号に続く」。
この時点で残りはもう1回分しか残っていません。

松本漫画版6話メッセージカプセルの中身
第6回(最終回)では、ガミラス本土決戦の話とイスカンダル到着時の話はヤマトが事前に地球に送り込んだメッセージカプセルによる報告という形で簡単に済ませてしまい、あとはTVの最終回とほぼ同じ展開を描いて終わりました。

漫画版6話 ラストシーン
今考えれば、これは仕方のないことだったと思います。
「冒険王」は月刊誌ですから、TVアニメが全26話(半年間)だと描ける回数は全部で6回しかありません。
しかし、当初『宇宙戦艦ヤマト』は全39話(9ヶ月)の予定だったので、松本先生は9回に分けて描くつもりでいたはずです。
ところがアニメが全26話に短縮されてしまったため漫画の方も急遽全6回となり、異次元断層の話の途中から最終話までの間を全部すっ飛ばさざるを得なくなったのです。

【加筆】
『宇宙戦艦ヤマト』初版コミックス
そのため、連載終了後に発売されたコミックス版には「異次元断層からの脱出」「ハーロックと名乗る黒装束の男との接触」「ドメル将軍の自爆」といったエピソードが加筆されていました。
いずれも、全9回を予定していた時には描く予定でいたものの、アニメが短縮されたために削除せざるを得なかった部分です。

黒装束のハーロック
私は古代守がキャプテン・ハーロックとなって再登場することには正直抵抗を感じていたのですが、松本先生の漫画版では右目に眼帯と頬に傷があるお馴染みのスタイルではなく、単に黒装束姿の男として描かれていたため違和感はほとんど感じませんでした。
アナライザーの分析では、ハーロック(古代守)は大ケガと宇宙放射線病のため身体のほとんどをサイボーグ化しており、その醜い姿を見られたくないからだろうとのことです。
そんな古代守が、偶然接触した艦(ヤマト)に尊敬する上官と実の弟が乗っていたことを知ったときの気持ちはどんなものだったのでしょう?。

沖田のメッセージ「死ぬな」
沖田艦長がハーロック(古代守)との別れ際に送った言葉はただ一言。
「死ぬな」
これは松本先生の漫画版『宇宙戦艦ヤマト』の中で最もカッコ良く、そして最も切ない場面でした。
アニメ版でも納谷悟朗さんの声でこのセリフを聴きたかったです。



【永遠のジュラ編】
『永遠のジュラ編』表紙
松本先生はかなり『宇宙戦艦ヤマト』に思い入れ(あるいは思い残し?)があったらしく、TVアニメ終了から約1年後の’76年、青年向け漫画雑誌「プレイコミック」に番外編『永遠のジュラ編』を執筆します。
内容はテレパシー能力を持つデスラー総統の元妻:メラとその娘:ジュラがヤマトに精神攻撃を仕掛けるというもので、各乗組員が心の奥底に秘めている不安感や罪悪感を刺激して悪夢を見させ、イスカンダルへの航海を断念させようとする話です。

『永遠のジュラ編』沖田の幻覚
このとき、沖田艦長はこれまでの戦闘で死なせてしまった部下たちの亡霊と対峙します。
その死んだ過去の仲間や部下の名前が全てアニメ版スタッフの名前であることに思わず吹き出してしまいました。
特に「ああ、君は西崎司令官!」のセリフは、後年の松本氏と西崎氏の関係を知っていれば3倍笑えます。
この頃はまだ仲良くやっていたのでしょうかね(哀)。

『永遠のジュラ』雪の見た幻覚
森雪が見た悪夢は何故か無数の触手に身体をからめとられるというえっちな感じのもので、しかも雪は思わず「は・・・」と艶っぽい声を上げています。
雪は男ばかりのヤマト艦内でただ一人の女の子ということで、無意識のうちに性的な警戒心を抱いていたのでしょうか?。
これはアナライザーにスカートめくりされるよりも遥かにエロい描写です。

最低野郎デスラー
『永遠のジュラ編』に出てくるデスラーは、心を読まれてしまうことに嫌気がさして幽閉していたサイレン人の元妻と娘にヤマトへ精神攻撃を仕掛けさせ、もし失敗したら殺してしまおうという、最低なクズ野郎として描かれています。
『さらば宇宙戦艦ヤマト』以後の気取ったデスラーしか知らないファンが見たら幻滅すること請け合いです(笑)。



【空想科学絵物語版】
空想絵物語2回
こちらは小学館の学習雑誌「小学五年生」昭和49年11月号から翌年4月号まで連載された読み物です。
絵師はもちろん松本零士先生で、文章はアニメ本編に企画段階から参加していた脚本家の藤川桂介さんでした。
私は当時四年生だったためこれを読むことは出来ませんでしたが、復刻版コミックに全話掲載されていて今回初めて目にすることが出来ました。

空想絵物第6回
こちらもアニメの話数短縮のあおりを受けて、「冒険王」と同様に話の途中(七色星団決戦まで)で終わってしまいました。
ガミラス本土決戦やイスカンダル到着の話は、ラスト30行ほどの文章で簡単にまとめられています。



ひおあきら版『宇宙戦艦ヤマト』
ひおあきら版ヤマト(第1巻表紙)
松本零士先生とは別に、ひおあきら先生が初期企画案をベースに独自の解釈で描いた『宇宙戦艦ヤマト』。
これを読んだのはたしか中学1年の時でした。
もちろん、本屋で全巻立ち読みしたことは言うまでもありません(笑)。

ひおあきら版メタボヤマト
ひおあきら先生の『宇宙戦艦ヤマト』は、なんといっても下腹部がぷっくり膨らんだメタボなヤマト(笑)が特徴的です。
ひお先生はヤマトを軍艦というより小沢さとる先生のサブマリン606のような潜水艦のイメージで捉えていたのかも知れません。

ひおあきら版ヤマト ハーロック
内容は初期の全39話構成案をベースにしていたらしく、古代守がキャプテンハーロックと名乗りほぼ設定通りの姿で登場します。
また、冥王星基地攻略戦はブラックタイガー隊が低空飛行で近づいて攻撃するという、『トップガン マーベリック』みたいな戦法だったと記憶しています。



聖悠紀版『宇宙戦艦ヤマト』
聖悠紀版ヤマト(テレビランド掲載)
『超人ロック』の聖悠紀先生が描いたコミカライズ版です。
実はこの漫画版は読んだことはありません。
しかし、大事なことはこの漫画が雑誌「テレビランド」に掲載されていたという点です。

「テレビランド」の発売元は徳間書店です。
そして徳間書店と『宇宙戦艦ヤマト』といえば・・・?。



【ムック本】
ロマンアルバム 宇宙戦艦ヤマト
そうです。
当時のヤマトファンならほとんどの人が持っていたであろう「ロマンアルバム 宇宙戦艦ヤマト」です!。
今はもう手元にありませんが、当時は私も持っていました。
値段を見ると480円となっています。
中学生にとっては結構な値段ですが、立ち読みだけではどうしても我慢できなくて買ってしまいました。
アニメでは語られることのなかった細かな設定(例えばキャラクターの年齢など)はこの本で初めて知りました。

余談になりますが、この本を同じアニメ・特撮好きな友達にしばらくのあいだ貸したとき、そいつの弟が勝手にピンナップを切り取ってしまったため同じ本を弁償してもらったというほろ苦い思い出も残っています。

「アニメージュ」創刊号表紙
ロマンアルバム『宇宙戦艦ヤマト』の好評がきっかけとなり、徳間書店は今もなお発行されつづけている月刊アニメ雑誌「アニメージュ」を創刊します。
「アニメージュ」はアニメファンの重要な情報源となり、さらに徳間書店は自らが主体となって『風の谷のナウシカ』など宮崎駿監督作品を制作するなどしてアニメ業界全体を牽引する存在になっていきます。

「冒険王」昭和53年7月号(『ヤマト』パート2連載開始)
それに対し「冒険王」(秋田書店)は、せっかく松本零士先生のコミック版掲載というアドバンテージを有していながらその後のヤマトブームにうまく乗ることが出来ず、1983年(『ヤマト完結編』公開の年)には廃刊となってしまいました。
どちらも『ヤマト』のコミカライズを扱った出版社でありながら、どうしてこれほどハッキリ明暗が分かれたのでしょうか?。
その理由は、両社編集者の『宇宙戦艦ヤマト』という作品に対するリスペクト精神の差だったように思います。

TV MOOK 宇宙戦艦ヤマト(表紙)
「ロマンアルバム」の話が出たところで、当時私が買ったムック本をもう一冊紹介しておきます。
講談社から発売された「TV MOOK 宇宙戦艦ヤマト」です。
値段は680円とロマンアルバムよりやや高めでしたが、オールカラーページで値段相応の価値は十二分にありました。
ロマンアルバムのピンナップ事件があったためこの本は友人に貸すことはしませんでしたが、買ったその日に彼が私の家に来て夜遅くまで一緒に読んだという懐かしい思い出が残っています。

TV MOOK 宇宙戦艦ヤマト(背表紙)
この本は、背表紙に書かれたメッセージが最高にカッコ良かったです。

きみは見たか あの若者たちの旅を
きみは覚えているか あの若者たちの艦(ふね)を
きみは語りつづけられるか あの若者たちへの感動を
人生には 永遠に忘れてはならないものがある


この文章を書いたのは松本零士先生でしょうか。
私も何度も読み返してアニメ『宇宙戦艦ヤマト』の記憶を掘り起こしておりました。

公式・全記録集
ムック本ついでに、制作元のオフィス・アカデミーから出版された「宇宙戦艦ヤマト 全記録集」についても書いておきます。
ヤマトブームが最高潮に達した昭和53年春頃に発売されたもので、ビジュアルストーリー編/設定資料集/シナリオ集の三冊に分かれており3冊揃えると7,800円にもなる高価な本でした。
当時中学2年だった私は欲しくて仕方なかったのですが、映画も見に行きたいレコードも欲しい漫画本だって買いたい・・・となると当時のお小遣いではどう頑張っても無理でした。

それでも、大学生のとき1年上の先輩が三冊で3,000円という破格値で譲ってくれました。
この先輩は『さらば』『永遠に』のデラックス本と後述する熱血小説版まで持っていた筋金入りのヤマトファンだった人ですが、このときはかなりお金に困っていたらしく「『さらば』と『永遠に』もあるけどどうだ?」と勧められました。
私は一作目にしか興味が無かったので丁重にお断りしましたが、『完結編』公開後『ヤマト』に愛想を尽かした人が増えたのか、結構な数の先輩たちが後輩に『ヤマト』関連商品を売り付けようとしていた覚えがあります。
その先輩たちは、まるで自分がかつてヤマトファンだったことを恥じているかのようにも見えました。

6年越しでようやく手に入れた全記録集でしたが、当時はページを開くことはほとんどありませんでした。
もちろん一作目の『ヤマト』は中学時代から変わることなく好きでしたが、大学生になった私の興味は自主映画制作とオーディオの充実と「彼女が欲しい」の3点に集約されていたのです。



【小説版】
続いて、漫画版以上に種類が多かった小説版の紹介です。

漫画やムック本は親には絶対に買ってもらえないため自分のお小遣いやお年玉で買うしかなかったですが、小説の場合は親の反応が全然違ってました。
「小説を買いたいからお金ちょーだい」と言えば、たとえその中身が『宇宙戦艦ヤマト』であったとしても喜んで千円札を出してくれたのです(笑)。
ただし、買ってきた本は母がレシートと照らし合わせて漫画本が混じっていないかチェックを受けました。
それまで何度も勝手に漫画本を買って怒られたことがあったため、全然信頼されてなかったのです(笑)。
でも、文庫本は本屋さんが店名入りの紙カバーを付けてくれるため、表紙絵が『ヤマト』であることはバレませんでした。
母はパラパラッと本をめくって文字ばかりなのを確認しただけで「この頃よく本読むようになったね」とちょっと嬉しそうでした(汗)。

どうして私は、アニメだけでは飽き足らず小説版(ノベライズ)にまで手を出したのか?。
それはTVアニメ全26話を観ただけでは理解しづらい登場人物の心境変化に筋道を通したいと考えていたからでした。
ぶっちゃけて言えば、アニメ版では主人公:古代進の性格設定が各話ごとにコロコロ変わるため、彼がその時ごとに何を思っているのかが小説版なら詳しく書かれているに違いないと思ったからです。

ところがどっこい!
私が最初に買って読んだ小説版『宇宙戦艦ヤマト』は、よりによってこの本でした!。

石津嵐版『宇宙戦艦ヤマト』(文庫版)
豊田有恒先生によるアニメ初期企画段階の原案を元に石津嵐先生が書いた朝日ソノラマ発行の小説です。
実はTVアニメ放送中の昭和49年には既に発売されていたらしいのですが、昭和52年のヤマトブームを受けて元は上下巻構成だったものを一冊にまとめて再発売された文庫版です。

この石津版小説。
読んだことがある人なら分かると思いますが、TVアニメ版に親しんだ者には「もう二度と読みたくない!」と思わせるほどのトラウマを与えてくれる内容です。
最初のうちはアニメ版とそれほど大きな違いはないですが、ヤマトがイスカンダルに向けて出発してからはアニメ版からは想像も出来ない鬱展開が連続します。

一番ショックを受けたのは、島が森雪にラブレターを出して思いっきりフラれたことで自暴自棄に陥ってヤマトを脱走してしまい、ガミラスにサイボーグ化されて送り返されてくるというくだりです。
島は艦内で爆破工作を繰り返し、島の正体に気付いた真田さんを殺してしまいます。
沖田艦長が島が敵のスパイだと見破り、そして親友の古代が島を射殺します。
これを読んだあとは、再放送で島をまともに見られなくなりそうでした。

次に驚いたのは、古代守が生きていてキャプテン・ハーロックと名乗って再登場したときです。
もちろん、当初はTVアニメ版でも「古代守がハーロックとなってヤマトを助ける予定だった」ことはこのとき既にムック本か何かで読んで知っていました。
この小説版で驚くべきはそのあとです。
なんと、古代守は沖田艦長の実の息子でした。
理由については失念しましたが、沖田は守がまだ幼い頃に親友だった古代の両親のもとへ養子に出していたのでした。

さらにイスカンダルとガミラスとの関係についてもTVアニメ版とは全く違っていました。
イスカンダル人はとっくの昔に絶滅していて、スターシアとはイスカンダル星全体を制御しているコンピューターでした。
そしてガミラス人はイスカンダルを護るために造られた人工生命体であり、遠い将来地球人が宇宙へ進出してきた時にはイスカンダルの脅威になり得ると判断して放射能爆弾による地球滅亡を図ったのです。

そしてスターシアは「放射能に汚染された地球を元に戻すことは出来ない。人間のほうが放射能の中でも生きられるように人体改造を施すしかない。」とあんまりな結論を提示してきます。
(この設定は山崎貴監督の実写映画『SPACE BATTLESHIP ヤマト』で引用されています)

最後にヤマトは、諸悪の根源であるイスカンダル星そのものを波動砲で破壊します。
その際、ヤマト自身も惑星の爆発から逃れることは出来ないと判断した沖田艦長は、古代と雪をハーロックの宇宙船に乗せて地球へ帰します。

なんともはや、『宇宙戦艦ヤマト』の名を借りた宇宙SFホラーみたいな内容でしたが、私には一点だけ納得出来る部分がありました。
それは「ヤマトという船を消滅させ、波動エンジンや波動砲といった2199年の人類が手にするにはまだ荷が重すぎるオーバーテクノロジーを地球に持ち帰らせない」という終わらせ方です。
アニメ版では波動エンジンを載せたヤマトが無事帰還したことで地球の文明進化スピードが大きく狂ってしまい、2作目3作目と進むにつれて大量の波動砲搭載艦だの無人艦隊だの非人間的なマシンが登場し続けます。
それはまるで、この小説版のイスカンダルのような世界へと向かっていくようにも見えました。

アサヒソノラマ版「宇宙戦艦ヤマト」発信編/死闘編/回天編
最初に読んでしまった小説版が石津版だったこともあり、しばらくは『ヤマト』から離れて別のSF小説ばかり読んでおりました。
ちょっと頭を冷やしたくなったのかも知れません(笑)。
その後、劇場版が公開された昭和52年夏、プロデューサーの西崎義展氏が構成を担当した真っ当なノベライズ版が発売されました。
TVアニメ『宇宙戦艦ヤマト』第10話までをまとめた「発進編」、11話から20話までの「死闘編」、そして21話から最終回までを収録した「回天編」の3部作です。
それぞれハードカバーのしっかりした製本になっていて、各巻の冒頭部にはカラーページでアニメの場面写真が挿絵代わりに掲載されていました。

ただし、値段は一冊800円。
中学生のお小遣いではとても買えません。
そのため、3冊とも本屋さんで立ち読み読破しました(笑)。

西崎プロデューサーの名前で出てはいますが、内容はアニメの脚本をベースにそのまま小説化しただけのものだったように記憶しています。
残念だったのは、アナライザーのスカートめくりなど本筋とは関係ないお遊び部分が全部カットされていたことです。
アニメ版『ヤマト』が持っていたゆとりの部分が削り取られてしまって無味乾燥なものになっていました。
3冊目を読み終えたとき、「お金を出して買わなくて良かった」と心の底からそう思いました(笑)。

若桜木版小説
次に買った『宇宙戦艦ヤマト』小説版は、続編『さらば宇宙戦艦ヤマト』公開後に集英社から発売された若桜木虔先生の小説(文庫本)です。
確か同じ若桜木先生による『さらば~』の小説版と同時発売だったように記憶していますが、私は『さらば宇宙戦艦ヤマト』には最初に見たときから嫌悪感しかなかったため一作目しか読んでいません。

先に書いたように、私はTVアニメ版の古代進の性格の破綻ぶりが気になっていて、その点を一貫したものとして脳内補完したいと考えて小説版を読み漁っていました。
その点では、若桜木虔先生の小説版は私が求めていた内容そのものでした。
なぜなら、若桜木先生の小説版は全編古代進の視点で書かれていたからです。
兄を見殺しにしたと沖田を逆恨みした序盤から次第に尊敬の念に変わっていき、太陽圏離脱時のパーティーでお互いに身寄りがいないことから親近感も抱くようになります。
昆虫好きの大人しい少年だった古代進が両親の死をきっかけに敵への憎しみを燃やし、兄に負けない戦士になろうと努力してきたこれまでの彼の心情が本人の言葉で語られていました。
作中の古代が、沖田の指揮に従いながら「見習わなくては!」と何度も心の中で呟いていたのが今も記憶に残っています。
「小説として面白いか?」と訊かれると答えを濁すことになりますが(汗)、古代進の心の動きを一貫したものとして読ませてくれた点においては評価しています。

熱血小説「宇宙戦艦ヤマト」高垣眸著
最期に紹介するのは、戦前から少年科学冒険小説の第一人者として活躍した高垣眸氏の書きおろし「熱血小説 宇宙戦艦ヤマト」です。
発売されたのは昭和54年。
アニメでは『新たなる旅立ち』が放映された年です。

当時オフィス・アカデミーは一作目や『さらば~』の豪華本(ビジュアルストーリーや設定資料集をまとめたもの)を通販限定で発売して荒稼ぎしていました。
この小説版もそのうちの一つで通販でしか買えない本でした。
値段はなんと1,600円。
当時の私は続編続編また続編の『ヤマト』に愛想が尽き果てていたため、1,600円も払ってまで読みたいとは1ミリも思いませんでした。
しかし、全記録集3冊を安く譲ってくれた大学の先輩が何故かこの本も持っていて、その先輩から借りて読んでみました。

「熱血小説 宇宙戦艦ヤマト」挿絵 波動砲発射
読んだ印象として強く記憶に残っている・・・というよりひどく奇異に感じたのは、沖田艦長が昔の戦艦大和のことを「大和こそ世界最強の戦艦だった。」と必要以上に賞賛する場面があったことです。
アニメでは「あの悲劇を繰り返してはならない」と反面教師的な扱いで語っていたはずなのにその真逆なのです。
それ以外にも、まるで軍国主義を称賛するかのような危ない表現が頻繁に出てきたように思います。

『宇宙戦艦ヤマト』TVアニメ第一作は、戦艦大和の生まれ変わりという題材を扱いながらも・・・いや、だからこそ「絶対に戦争賛美アニメにしてはならない!」という松本零士先生の強い意志によって絶妙なバランス感覚で作りあげられた作品です。
それなのに、その公式ノベライズ版でこうもあっさり軍国主義を肯定してしまうとは・・・?。

でも、考えてみれば執筆者の高垣眸氏は明治31年生まれ。
若い頃は当然バリバリの軍国主義者であったでしょうし、大日本帝国時代の感覚が肌身に染み込んでいたであろう人物です。
「日本の発展のために他国から土地や物資を奪うことは正義である」「日本人なら愛する者を守るために特攻するのは当たり前」と心の底から信じ込んでいても不思議ではありません。

しかも、デスラー総統をはじめガミラス人全員を人間性が一切無い極悪人として書いているため、ヤマトがどれだけ無慈悲にガミラスを叩きのめしても心が痛むことは全くありません(笑)。
「ヤマト(=日本)が絶対的正義である」というこの老齢の作家の世界観がベースとなっている小説だったと思います。

熱血小説「宇宙戦艦ヤマト」高垣眸著 挿絵(12話部分)
ただ、思想的な点はともかく、アニメ版には居なかったオリジナルの乗組員が登場したりしてそれなりに新鮮な気分で読めたことは確かです。
しかし、なにしろ戦前に活躍した作家さんが書いたものなので、SF小説として読むにはかなりの苦痛を伴います。
ヘリコプターが宇宙空間を飛んだときには流石に読むのを止めようかと思いました(笑)。

「熱血小説 宇宙戦艦ヤマト」挿絵 スターシアとデスラー
もう一つ、印象に残っているオリジナルエピソードがあります。
大昔にイスカンダル人の女性が地球(それも日本)を訪れたことがあって、その出来事が地球では「天の羽衣伝説」として語り継がれているという話です。
その女性はイスカンダルに無事帰ってきましたが、スターシアはそれを縁と考えて地球の危機を救うことを決めたのでした。
アニメ版第15話で描かれたマゼラニックストリームの設定と合わせて考えると、これはこれで面白いと思います。

熱血小説「宇宙戦艦ヤマト」高垣眸著 挿絵
あと、ラストで放射能除去装置を作動させて一度死んだ森雪を、古代が人工呼吸(つまりチュウ)して蘇生させる場面にはなんとも言えないエロさを感じました。
そして最後はコスモクリーナーを持ち帰って地球を救っただけでなく、その後ヤマトは地球とイスカンダルを結ぶ定期便になるという、いかにも昭和初期の作家さんらしい牧歌的な締めくくりでした。

ある意味、石津嵐先生の『宇宙戦艦ヤマト』とは対極を成す小説だったように思います。
一回読んだだけなので記憶に不明瞭な部分もありますが、読んでから40年近く経ってもこれだけ覚えているということはそれなりに面白い小説だったのかも知れません。
でも、「もう一回読みたい」とは1ミリも思いませんけど(笑)。



5週間に渡って綴ってきた私の『宇宙戦艦ヤマト』偏愛記事もこれにて終了です。
私自身、今回『ヤマト』の思い出をとことん掘り起こしたことで、夢中になって見ていた小中学生時代の思い出が(母と祖母の事故という辛い記憶も含めて)鮮明に蘇ってきました。
結構大変ではありましたが、書いて本当に良かったと思っています。


最後までお付き合いいただきありがとうございました。
m(__)m