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映画と日常

ゴジラシリーズ全作品レビュー12 『地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン』(1972年)

トガジンです。

福田純監督の手によるゴジラシリーズ第12作目。
小学二年生になったばかりの春休みに観た作品です。

「ゴジラとアンギラスの吹き出し会話」と、「過去の特撮映像の使いまわし」によって世間一般では低評価に属する作品です。
「吹き出し」については当時どう思ったか覚えていませんが、特撮映像の再利用については部分的に気付いていました。
あの頃を思い出しながら、改めて『ゴジラ対ガイガン』について考えてみたいと思います。

『地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン
1972 地球攻撃命令ゴジラ対ガイガン

<あらすじ>
売れない漫画家・小高源吾は、世界子供ランドの怪獣デザインの仕事に採用される。
世界子供ランドは、まだ少年のような会長と事務局長が運営する不思議な組織だった。
源吾はその世界子供ランドに兄を拉致されたという少女と出会ったことから密かに調査を開始。
実は世界子供ランドの正体は、地球征服を狙うM宇宙ハンター星雲人たちの侵略基地だった。
ハンター星雲人の操るキングギドラ・ガイガンと、ゴジラ・アンギラスとの決戦が始まる…。

【面白いじゃないですか!】
対ガイガン スチール
1:「吹き出し」は見なかったことにする。
2:「特撮場面の再利用」は低予算だから仕方がない。

このように脳にフィルターをかけたうえでの話ですが、なかなかどうして面白いです。
謎の組織、気のおけない仲間たち、そして随所に散りばめられたアクションとユーモア。
それでいて、前作から引き継いだ公害問題や文明社会の行きすぎた発展への警鐘なども盛り込んでいます。
お世辞にも一流とは言えませんが、少年少女に見せる勧善懲悪アクション映画としては上等な映画ではないでしょうか。
(あくまでも「吹き出し」と「特撮の二次利用」は別としてですが)

【脚本家・関沢新一】
『怪獣島の決戦ゴジラの息子』以来久々となる関沢新一氏の脚本によるゴジラ映画です。
洗練された台詞と各シーンごとにオチがある見やすい構成で、登場するキャラクターもそれぞれ個性がはっきりしていてメリハリがあります。
ただ、『三大怪獣地球最大の決戦』以降は怪獣たちを人間と同じような意志あるものとして書いているのが気になるところです。
私はゴジラを擬人化に向かわせた張本人は実はこの関沢脚本ではないかと思っているのですが、今回もゴジラとアンギラスが人間と変わらない思考を持って会話するシーンが盛り込まれていました。

【福田純監督について】
監督は、こちらも久々の登板となる福田純監督。
テンポの良い演出スタイルは関沢氏の脚本とは相性が良いらしく、今回も低予算ながらも持ち味を発揮されています。
しかし、やはり怪獣に対しては愛も畏敬の念も持っていないご様子でその点は不満です。

福田純監督と本多猪四郎監督との最も大きな違いは怪獣に対する距離感にあると思います。

本多監督は、怪獣や超常現象に対して常に一定の距離感を保って演出しています。
災害のメタファーとして、あるいは思疎通の余地の全くない生きものとして描きつつ、昔の人が山や河やカミナリなどを神様に見立てて畏れたように怪獣にも畏怖の念をもって描いているという印象です。
そのため架空の怪獣に対する役者のリアクションをとても大事にしていて、たとえそれがどんなに荒唐無稽な対象であっても常に真摯な演技を要求します。
結果として、本多作品では怪獣に対しては親しみより畏れの印象が強く残る事になります。

それに対して福田監督は、人間も怪獣たちも同じようにキャラクターとしてとらえているようです。
そのため怪獣の擬人化にも無頓着であり、今回のように吹き出しで怪獣にしゃべらせるという演出にも抵抗が無いのかも知れません。
『南海の大決闘』のレビューで、福田監督の演出には怪獣に対する愛が感じられないと述べましたが、福田監督は怪獣を脅威として描くつもりがないのですから当然かも知れません。

もし、このまま福田x関沢コンビでゴジラシーズが作り続けられたとしたら、いつかはゴジラと人間が会話をする作品が作られていたかも知れません。
このことが単なる私の思い込みでなかったことは、福田監督が脚本も特撮演出も全て担当した翌年の『ゴジラ対メガロ』を観ることで分かります。

【登場人物】
本作品は『ゴジラ対へドラ』と同様、おなじみの東宝俳優さんの姿がほとんど見られない作品です。

かつて福田純監督が手がけた『南海の決闘』と『ゴジラの息子』には、本多猪四郎監督作品に数多く主演した俳優さんが多数参加していました。
彼らは、いかに架空の存在が相手であっても真摯な演技を当たり前のように出来る人たちで放っておいても演技の質が高かったものですが、低予算の影響でフリーや劇団などから引っ張ってきた若手俳優ばかりではなかなかそうもいきません。

対ガイガン 源吾
小高源吾(演:石川博)
売れない漫画家ですが、有能なマネージャーが付いていることもあってあまり深刻に物事を考えないタイプの人物。
たまたま採用された世界子供ランドのキャラクターデザインの仕事から異星人の地球侵略計画に関わるハメになります。
その後、この体験をマンガに描いて売れたかどうかは定かではありません。

対ガイガン 友江トモ子
友江トモ子(演:ひし美ゆり子)
源吾のマネージャーとのことですが、売れてもいない漫画家にマネージャーが付くとは思えません。
この二人は付き合っていて、トモ子としては源吾が売れてくれないと結婚も出来ないため少々焦っているといったところでしょうか。
演じるのは、特撮ファンには『ウルトラセブン』のアンヌ隊員でお馴染みのひし美ゆり子さんです。
ただ、個人的にはタバコを吸うのがちょっと残念でした。
『セブン』の「狙われた街」を連想してしまうからです。

対ガイガン 梅田智子
志摩マチ子(演:梅田智子)
世界子供ランドに拉致監禁された兄の消息を追っている黒髪ロングヘア―の美少女。
前半はミニスカートで活動していて、子供の頃の私は時折見える白いものに胸ときめかせたものでした。

高杉正作(演:高島稔)
兄を探すマチ子に協力するヒッピー風の男。
見かけによらず礼儀正しくて頭も働く気の良い男ですが、マチ子との関係は不明のままです。

対ガイガン ゴキブリ星人コンビ
須東文夫(演:藤田漸)
世界子供ランド会長を名乗る天才少年。
須東文夫は実は一年前に死亡しており、M宇宙ハンター星雲人がその姿を借りていたものでした。
ちなみに生前の須藤少年は学年ビリの劣等生だったらしいです。

久保田(演:西沢利明)
世界子供ランド事務局長。
「ベリーです!」と中途半端な英語を交えるその口調は、今ならルー大柴呼ばわりされることは確実です。
演じるのは『宇宙刑事』シリーズのコム長官こと西沢利明さん。
正体を現す直前の顔演技は絶品でした。

【吹き出し】
フキダシ1「おい!アンギラス」
フキダシ2「なんだい?」
フキダシ3「すぐていさつにゆけ」
ここから酷評モードに入ります。
まずはゴジラとアンギラスの吹き出し会話についてです。

予告編では『南海の大決闘』から当たり前にやっていましたが、本編の演出としてこれをやるのは反則行為です。
斬新といえば斬新ですが世界観そのものをぶち壊しにしています。
『ゴジラ対へドラ』で板野監督がゴジラを飛ばしたことに田中友幸プロデューサーが激怒したというのは有名な話ですがこっちのほうがよっぽど問題です。
「勝手に性質を変えてもらっては困る」と宣ったとのことですが、こちらは「キャラクターを勝手に色付けしている」演出です。
何故これを許諾したのか理解できません。

そもそもこのシーンで台詞を明示する必要性があるとは思えません。
ゴジラとアンギラスが何事かを感知したらしい動作を見せるだけで十分です。
子供の理解力を低く見すぎているようで、子供向けと云いながら子供を馬鹿にしている演出で心底不愉快でした。

ところで。
国内では吹き出しで済んでいますが、海外版ではもっと凄いことになっていました。
なんと、ゴジラとアンギラスの会話が声優によって吹き替えられていて英語で喋るのです!。
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「ヘイ、アンギラ―」
「オーイエー」

これを思えば吹き出しなんて可愛いものです。

【特撮】
特撮シーンはガイガンの部分だけは新しく撮影されていて、この画などはかなり良かったです。

対ガイガン ガイガン、カッコええ
しかし、大多数は『三大怪獣地球最大の決戦』や『怪獣総進撃』『サンダ対ガイラ』などからの再利用カットでした。
過去の特撮カットを再利用すること自体は円谷英二特技監督も何度かやっていることで、『三大怪獣地球最大の決戦』の中で『空の大怪獣ラドン』の博多襲撃シーンをシネスコサイズにトリミングして挿入したりしています。
しかしそれは注意深く見ないと気付かないレベルで、博多市であることが分からないように巧みにマスキングされていて自然に流れの中に溶け込んでいました。

対ガイガン 再利用特撮
対ガイガン ゴジラ股間攻撃
ゴジラ対ガイガン』を始めて観た時、私はキングギドラの都市破壊シーンやゴジラが股間を集中攻撃されるシーンが以前観た映画と全く同じであることに気付いていました。
なぜなら、この映画のわずか3ヶ月前に「東宝チャンピオンまつり(1971年冬)」で『地球最大の決戦』の短縮版を観たばかりだったからです。
特にゴジラが股間を攻撃されてジタバタするシーンは前に大笑いした記憶が残っていたためすぐに同じ画だと分かってしまいました。

こうした配慮の無さに加えて、この映画は編集が非常に雑です。
ゴジラ対ガイガン』の戦闘シーンは全て夜の設定になっているのに、昼間の映像にフィルターをかけて無理矢理挿入しているため空の色がパカパカとカットごとに変わってしまいます。
本多監督の『オール怪獣大進撃』も低予算化のため特撮シーンの大半が再編集でしたが、ゴジラがミニラに放射熱戦の訓練をするシーンは『ゴジラの息子』に同様のシーンがあるにも関わらずきちんと撮り直していました。
『息子』でのそのシーンは夜の設定だったため『オール~』にはそのまま使えなかったからです。

対ガイガン モスラが写ってる
また、『三大怪獣』からの流用カットには一瞬ではありますがモスラの幼虫が映り込んでいるものがあります。
せめて手前に岩などを合成して、モスラを隠すくらいのことは出来なかったものでしょうか。

対ガイガン ゴジラぼろぼろ
再利用といえば、ゴジラの着ぐるみもボロボロで見るに堪えないものでした。
このスーツは『怪獣総進撃』以来のもので、撮影で使用するのは4作目ですしアトラクションにも使用されたことでしょう。
表面の凹凸が剥がれ落ちてしまって、それこそケロイドみたいになってしまっています。
中島春雄さんが演じる最後のゴジラなのですから、少しでも補修してあげて欲しかったですね。

【音楽】
音楽も伊福部昭氏が新規に作曲したものは無く、過去の作品の楽曲の使いまわしでした。
オープニングの楽曲はそれまでの特撮作品では聞き覚えの無いものでしたが、これは大阪万博の時に作られたものでやはりこの映画オリジナルの曲ではないようです。


でっかいからだに かわいい目玉
あすもたたかう ぼくらのゴジラ
がんばれ がんばれ ぼくらのゴジラ

これは別にいりませんから、新怪獣ガイガンのテーマ曲だけでも新しく作ってほしかったです。

友江トモ子(演:菱見百合子)
この作品のあと、私の特撮に対する見方が徐々に変わっていくことになります。
『帰ってきたウルトラマン』の後番組『ウルトラマン・エース』とアニメ『マジンガーZ』がその原因でしたが、その話は次の『ゴジラ対メガロ』の時に・・・

対ガイガン 絵
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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COMMENTS

2 Comments

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A-chan  

初めまして

初めまして。ゴジラ関連の検索でやって参りました。
ゴジラシリーズほぼ全作観ました。怪獣擬人化は賛否両論ですが、やはり昭和のゴジラシリーズが人間味があって良いですね。誰が何と言っても(笑)。
「対ガイガン」は従来のゴジラ映画と違い、登場人物は「戦争を知らない」新世代といった感じ。それまでだと文明の発展は「希望」みたいな描かれ方だったのに対して、ここでは「危惧」に変わってきているのが世紀末的。

「怪獣総進撃」が未来の話とすると「対ヘドラ」~「逆襲」までは「ゴジラの息子」から続く話という事になりますね。この頃の怪獣島はコントロールされる以前という事で、怪獣達も自由に外へ出られるみたい。怪獣島に住む怪獣達は皆好きですが、中でも私のお気に入りは可愛い健気なアンギラスです。
「対ガイガン」の頃のアンギラスは、まだ人間と触れ合った事が無いようですね。人間に対して警戒心が無いから偵察の時に人間の領域に踏み込んで攻撃されてしまったと見ています。それでも反撃する事も無く退散していったのは、人間が悪意では無く怯えから攻撃しているのだと分かっているのですね。彼は弱い者いじめをしない優しい怪獣なのです。偵察も人間世界に異常は無いかを見に行っただけなので、今のところ異常無しという事で、ちゃんと役目を果たしてますよ。
優しいだけに彼の受けるダメージは痛々しいのですが、それでも一生懸命に敵に立ち向かう姿は感動的。彼は優しいからこそどんな困難にも耐えられる、ゴジラとは違う強さを持っています。
この戦いで自分とゴジラの危機を救ってくれたのは日本の人達だと分かったのか、それ以後はゴジラと共に日本の危機を救いに来てくれますね。これからも、その優しさを忘れないで欲しいです。

吹き出し会話は可愛いですが(最初ぶったまげたけど)、ぶっといお声の英会話は受け付けないです。せめて、もう少しソフトなお声でも良かったと思いますけど。

2019/08/24 (Sat) 01:17 | EDIT | REPLY |   
トガジン

トガジン  

こちらこそ初めまして。今後ともよろしくお願いいたします。

A-chanさん、はじめまして。
コメントありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。


この頃(昭和シリーズ後期)のゴジラに関しては、私には3種類の視点があるのですよ。

1:小学生の頃「東宝チャンピオンまつり」でリアルタイム劇場体験したときの思い出(記憶の欠落も含めてかなり補正が入ってる)
2:大学生になってからビデオやLDで分析的に見た時の印象(辛口モード)
3:50歳を過ぎてから全作品を見返したときの俯瞰的な感想(まあ、こんなのもあっていいんじゃないか的な感じ)

記事ではこれら3つの視点が入り混じってしまっていて読みづらかったと思います。
お恥ずかしい限りであります。

『ゴジラ対ガイガン』の吹き出し会話に噴飯したのは大学生の頃の話ですが、小学生の頃には何も気にせず見ていたと思います。
そして50歳を過ぎた今では無性に微笑ましいんですよね(笑)。
それはおそらく『シン・ゴジラ』でそれまでなかなか見られなかったシリアスなゴジラが見られて満足したことから、以前よりも大らかな気持ちで昭和のゴジラ作品を見られるようになったからだと思います。


>「戦争を知らない」新世代といった感じ。それまでだと文明の発展は「希望」みたいな描かれ方だったのに対して、ここでは「危惧」に変わってきている

そうですね。
正確には、前年の『ゴジラ対ヘドラ』から世相的バックボーンは変わっていました。
ヘドラは公害のメタファーそのものですし、若者たちは酒と薬とゴーゴーに明け暮れてましたから。
(よくこれを子供映画でやったなあ・・・)


>「怪獣総進撃」が未来の話とすると「対ヘドラ」~「逆襲」までは「ゴジラの息子」から続く話という事になりますね。

私も全く同じ見方をしております。
『ヘドラ』から『メカゴジラ2部作』まではシリーズの時間軸を戻したスピンオフ的なものと考えています。

(オキシジェンデストロイヤーで消滅した初代ゴジラは別として)最初人類にとって畏怖すべき怪獣として登場したゴジラは、人間や人間に利用された他の怪獣(キングコングやモスラ)とも戦いますが、やがて地球生命にとって共通の敵である宇宙怪獣キングギドラへの共闘を経て人間と理解し合うようになるというのが2作目から15作目までのトータルストーリーだと考えています。
『怪獣総進撃』の動物園みたいな楽園イメージは正直好きではないですが、一作目からゴジラを描き続けてきたメインスタッフにとってはあれが一番の到達点だったのでしょう。
私としては最後はゴジラに「俺たち怪獣を甘く見るんじゃねーよ、人間!。」と、最後に人間たちを睨みつけて終わって欲しかったですのですがね。
でも、それをやってくれたのが『ゴジラ対ヘドラ』のラストシーンでした。
どんなに擬人化されようとも、どんなに人間寄りに描かれようとも、人間の傲慢や過ちは絶対に許さないゴジラであり続けて欲しいのです。


>可愛い健気なアンギラス

私もあの2代目アンギラスが大好きです。
つぶらな眼とキュッと食いしばった口元がいいんですよね~。
そういえば、私が初めてアンギラスを見たのも『ゴジラ対ガイガン』でした。
キングギドラの尻尾に必死に食らいついて離さない姿が目に焼き付いていました。
(あの場面は『怪獣総進撃』の再利用でしたが、私は『怪獣総進撃(ゴジラ電撃大作戦)』より先に『ガイガン』を観ていたのです。)
ゴジラにとって最高の相棒だと思っていたので、翌翌年の『対メカゴジラ』でゴジラ(偽物)に顎を折られるのを見た時はショックでしたね。
あと、『ファイナル・ウォーズ』にアンギラスも登場すると聞いて喜んだものの、残念ながらあの太った3代目は全くの別ものでした。
平成版でもゴジラの相棒として活躍させて欲しかったです。


コメントへの返信としてはずいぶん長文になってしまいました。
こうしてブログを通じていろいろな方とゴジラの話が出来るのは嬉しいものです。
またいつでも遊びに来てください。

2019/08/24 (Sat) 17:28 | EDIT | REPLY |   

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