『新幹線大爆破』
ヤン・デ・ボン監督作品『スピード』の元ネタとされる作品です。
列車の速度に連動して起動する爆弾という斬新なアイデア。
管制室・列車内部・犯人グループ・警察といったそれぞれの立場が緻密に絡み合う人間ドラマ。
加えて特撮映像が想像を上回るほどの良い出来で、こと前半部分だけに限って言えば往年の東宝特撮を超える部分もあるくらいです。
『新幹線大爆破』

<あらすじ>
国鉄に「今朝東京駅を出発した”ひかり109号”に爆弾を仕掛けた」という脅迫電話がかかってきた。
その爆弾は時速80キロを超えると起動し次に80キロを下回ると爆発するという。
危険時には必ず停車するという新幹線の安全機構の虚を突いた完全犯罪。
犯人グループと警察当局・国鉄・乗員とのスリリングな攻防が繰り広げられる。

中学か高校の時、「ゴールデン洋画劇場」で観たのが最初でした。
2時間の番組枠に収まるよう大幅にカットされていたとは思いますが、それでも先の展開が全く読めない面白さにハラハラしながら観ていた記憶があります。
2度目は『スピード』の元ネタとしてもてはやされた頃です。
この時レンタルビデオで初めて全長版を観ましたが、内容云々以前に日本人として誇らしい気持ちで観ていたことを覚えています。
そして今回が3度目ということになりますが、なにせ前回観た時から20年以上も経っていますので基本コンセプト以外は綺麗さっぱり忘れて新鮮な気持ちで楽しむことが出来ました。
【特撮】


内容が内容だけに国鉄(現JR)の協力は得られなかったようです。
そのため、盗み撮りした実写映像とミニチュアによる特撮映像を組み合わせて新幹線走行を描いているのですが、その特撮ショットが実に良く出来ているのです。

それもそのはず、エンドクレジットを見ると『ウルトラマン』『ウルトラセブン』のデザイナー成田亨さんのお名前が!。

一両当たり1メートルもある12両編成の大型ミニチュアを2対制作し、100メートル以上のレールを敷いて撮影しています。
車両の走行は紐で引っ張るとかモーターで走らせるといったものではなく、ジオラマセット自体を傾斜させることによって滑走するところを撮影したとのことです。
それにより大型模型ならではの重量感が出るとともに、走行そのものも滑らかで自然な感じに映っていました。

さらに最新のシュノーケルカメラを採用し、ミニチュアによる車走ショットも実現。
走る列車をクレーン・アップ&ダウンしながらの撮影も可能にしていました。


車両内部の撮影も実物を使うことが出来ないためセットを組んで撮影しています。
絵空事にならないようデティールを重視して、実際のものと同じ部品を車両メーカーから調達して作ったとのことです。

最初は実景とミニチュアとの見分けがつかないほど素晴らしい特撮映像でした。
しかし欲が出たのか徐々にカメラアングルが大胆になっていき、「いかにもミニチュア」な画が散見されたのが惜しいところです。

例えば、109号と救援車両とが並走するシーンでは、列車と列車の間にカメラを設置してミニチュアを近接撮影しています。
アングルだけ見れば非常に面白い絵面ではありますが、これだけレンズが近づいてしまうとミニチュアのデティール不足が露わになってしまいます。
ロングショットでは良い感じに光って見えていた窓明かりも、ペタッとした光で誤魔化しただけで内部は何も作られていないことが分かってしまいます。
この辺りが特撮映画を作り慣れた東宝との差なのかも知れません。
アップ専用の高精細ミニチュアを用意するとか、あるいはもう少しカメラアングルに気を使って丁寧に撮っていれば、円谷特撮にもひけを取らないレベルだったと思います。


ちなみに二台の新幹線の間にカメラを置いた画といえば・・・。


私は即座に『シン・ゴジラ』のこのシーンを連想してしまいました(笑)。
このN700系新幹線車両も爆弾が積まれていましたし、これの元ネタはもしかすると『新幹線大爆破』だったのかもしれません。

ちなみに、本作の特撮に費やした費用は約6000万円とのことで、これは総製作費(1億5000万円)の半分近い額です。
そのため、主演の高倉健を始めとする俳優さんのギャラも相当安く抑えられてしまいましたが、健さんは「脚本が面白いから」と成功報酬の何パーセントかを上乗せするという条件で犯人役を引き受けたそうです。
【キャスト】


犯人グループ3人の人物設定は昭和50年(1975年)を体現したものになっています。
主犯は、(おそらく)オイルショックの影響で経営する自動車部品工場を倒産に追いやられた沖田(演:高倉健)。
学生運動の生き残り古賀(演:山本圭)。
そして、沖縄(当時はまだ米国属)から集団就職したもののドロップアウトした浩(演:織田あきら)。
70年代における社会的弱者の寄せ集めになっています。

運転指令室長:倉持(演:宇津井健)
次から次へと降りかかる災難に機智をもって対処する、新幹線の安全理念を体現する人物です。
企画段階でこのキャラクターを前面に押し出してアピールしていれば、国鉄も撮影に協力してくれたかも知れません。


ところで、爆弾処理用の機材搬入のために救援車両が109号と並走するこのシーン。
109号の青木運転士役は千葉真一さんですが、救援車両の運転士役がなんと実の弟の千葉治郎さんでした。
千葉治郎さんといえば『仮面ライダー』のFBI捜査官:滝和也です。
初期『仮面ライダー』を夢中で観ていた私にとってなんだか嬉しいキャスティングでした。
そういえばこの映画、特撮関係の出演者がやたら多かったように思います。

ビジンダー

ハヤタとソガ隊員の元奥さん

山根博士も!
なんだかワクワクしてしまいます。
【失速】

斬新なアイデアと良質のサスペンスを楽しませてくれる『新幹線大爆破』ですが、どういうわけか終盤にさしかかるとどんどん演出が雑になっていきます。
例えば、健さんが爆弾の場所と解除方法を記した手紙をとある喫茶店に残しておいたものの、偶然にも火事で店ごと焼失してしまい爆弾解除が不可能になるという重要なシーン。
この火事につながる伏線が全く描かれておらず、刑事たちが駆け付けたときは既に店が燃えていたという描写しかありません。
「一難去ってまた一難」な展開にしたいのは分かりますが、これでは唐突すぎてお話について行けません。
【残念すぎるラストシーン】
さらにラストで繰り広げられるトンデモ展開は、ここまでの出来栄えを全て台無しにしてしまいかねないほどのものでした。


すでに爆弾解除成功していることを知らない犯人に対し、ニセの呼びかけを流し続けて居場所を突き止めようとする警察。
「人質は一人も死なせない」という良心に従い爆弾解除方法を電話で教えるが、そのために居場所を逆探知されてしまう。
最後の最後に自らのヒューマニズムに従って、そのために警察の罠に落ちてしまう健さん。
捜査員の目をかいくぐり、ようやくたどり着いた搭乗口に待ち受けていたのは妻と息子と刑事たちだった・・・。
ここで終わってくれれば良いものを、この先とんでもない蛇足が付け足されてしまいます。

「絶対に逃がすな、射殺しても構わん!」
驚くべきことに、空港から逃走する丸腰の健さんに対して刑事部長(演:丹波哲郎)が独断で射殺を許可します。
やがて大勢の警官に追い詰められてしまう健さん。
警官たちは、逃げ場も抵抗する術も失った健さんを背後から撃ち殺してしまいます。

健さんの犯罪が乗客・乗員の殺害が目的ではないことは、爆弾の場所と解除方法を開示したことですでに証明済みです。
しかもこの時点では、109号の爆弾は解除済みで乗客の安全も確保されています。
この状況で犯人射殺など絶対に許されることではありません。
最後にもう一幕見せ場を作ろうという作者のサービス精神だったかも知れませんが、コレのせいで無駄に後味の悪い終わり方になってしまいました。

終盤の失速感とラストの非人道的仕打ちだけは残念でしたが、日本映画界斜陽期の昭和50年にこれだけパワフルなエンターテインメント作品が作られたことは喜ぶべきことです。
宣伝不足などの要因もあって興行成績は振るわなかったそうですが、海外では高い評価を受けてハリウッド大作の原案にもなりました。
その「時速80キロを境に起動・爆発する爆弾」「止まることを許されない緊迫感」というアイデアは間違いなく佐藤純弥監督によって生み出されたものなのです。
我々日本人は、もっとこの作品を誇ってよいと思います。
本日もお付き合いいただきありがとうございました。