私のオーディオ・ビデオ遍歴(第3回) ~わしらのビデオはビクターじゃ!~
かつて私が愛用したAV(オーディオ・ビジュアル)機器について語る不定期連載企画「私のオーディオ・ビデオ遍歴」。
第3回は、私にとってまさに愛機と呼ぶにふさわしいビデオデッキのお話です。
↓前回までの記事もご覧いただければ幸いです。
>私のオーディオ・ビデオ遍歴(第1回) ~全てはヤマトから始まった~
>私のオーディオ・ビデオ遍歴(第2回) ~はじめてのビデオ~
【前回までのダイジェスト】
「βかVHSか?」
昭和55年暮。
我が家は最初のビデオデッキとしてβ方式のソニー:SL-J1(19,8000円)を買うことに決定しました。

決め手となったのは実は画質の優劣ではありません。
私は輪郭強調が強めで人工的な印象のβⅡよりも、発色が良くて柔らかな印象のVHSの方が好みでした。
それでもあえてβ方式を選んだのは、標準画質(βⅡ)で3時間録画出来る(L-750使用時)という点を重視したからです。
この頃('80年12月)のVHSには、まだ標準モードで2時間を超える録画可能な長時間テープは存在していませんでした。

父と妹と私の3人で福井市の大型電気店に行き、SL-J1の購入を決定。
残念ながらこの日は在庫が無いとのことで、後日家へ配達してもらうことになりました。
ところが!

数日後、家に届いた商品はSL-J1ではありませんでした。
土壇場になって、父が「こっちの方が面白そうだ」と勝手にシャープのビデオテレビV8(CT-1818V)に変更してしまったのです。
CT-1818Vはビデオデッキではありません。
18インチのカラーテレビにVHS方式ビデオを内蔵した複合商品、つまり「テレビデオ」です。
私としては「複合商品は壊れやすいうえに修理に手間がかかるのでおすすめしない」と販売店からも聞かされていて選択肢から除外していた製品でした。
ところが父は、「20万円強でビデオと新しい18インチカラーテレビが同時に買える!」とこの製品に飛びついてしまったのです。

しかもこのビデオテレビV8は「テープが絡まりやすい」という致命的な初期不良を抱えていました。
購入から2週間もたたないうちに、一本5,000円もするテープがグシャグシャにされてしまうトラブルに見舞われたのです。
さらに、年末年始をはさむ時期だったため修理には2~3週間はかかるとのこと。
勝手な判断でこのポンコツを選んだ父の威厳は完全に失墜してしまいました。
父はこのビデオ内蔵テレビというサプライズで家族(特に私と妹)の喜ぶ顔が見たかったのでしょうが、私が欲しかったのはこんな中途半端な複合商品なんかではなかったのです。
画質に関しても、修理期間中に代替え機として使ったビクター:HR-6700に比べて明らかに劣っていました。
V8の画質は色乗りが薄く、輪郭線はジラジラとして不鮮明な印象です。
最初からこの機種しか知らなければ「ビデオの画ってこんなものか・・・」で済んでいたかも知れません。
しかし、β・VHSを問わず幾多の機種を視聴・検討してきたうえ、一時的にビクター機の高品質ぶりを体験してしまった私には、もはやこのビデオテレビV8の低画質・低機能ぶりに我慢し続けることは不可能でした。
そして昭和56年春。
私は密かに「今度こそ自分のビデオデッキを手に入れてやるぞ」計画をスタートさせたのです。
しかし、その期限は限られていました。
どんなに遅くとも、翌年3月までには手に入れる必要があります。
なぜならば。
翌年の春、私は高校3年生に、そして3歳下の妹も中学3年生に進級します。
つまり、兄妹二人揃って受験生になってしまうのです。
母と祖母の反対は数倍強固なものとなり、前回は味方に付いてくれた父の援護も今度ばかりは期待出来そうにありません。
【バイト、バイト、バイト!】
仮に親の許可は無視するとしても購入費用は全額自分で用意する必要があります。
当時、私の貯金は高校の合格祝いやお年玉を貯めたお金が15万円ほどありました。
しかし映画代やレコード代、それにビデオテープ代でどんどん目減りしていくことは確実で、このままでは自分のビデオデッキを手に入れることなど絶対に不可能です。
アルバイトをして稼ぐしか方法はありません。
幸か不幸か、私は高1の時右足を怪我したのを機に部活を辞めていたため、春休みや夏休みには十分すぎるほど自分の時間がありました。
まず、春休みには地元観光名所の土産物屋のバイトにありつきました。
これはクラスメートの家が経営しているお店で、中学2年の時の初バイトと同じ内容(呼び込みと焼きイカ売り)です。
幸いお店の人が以前の私の働きぶりを覚えていてくれて、急な申し出であったにもかかわらず快く雇ってくれました。
夏休みのバイトは地元の海水浴場で浜茶屋の貸しボート係です。
これはボートの管理や出し入れだけでなく、お年寄りや子供客を乗せてボートを漕いであげるという仕事も含まれていました。
ボートを漕ぎながら周辺にある灯台の云われとか離島に伝わる伝承などを話して聞かせると、すごく喜んで千円余分に払ってくれたお客さんもいました(もちろん雇い主には内緒で受け取りました)。
あと、いつまで経っても戻って来ない客を皆で探し回り、沖合でオールを流されて帰れなくなっていたその客を助けたこともありました。
そして海水浴シーズンが終わるとまた土産物屋で焼きイカ売り・・・。
こうして夏休みが終わる頃には25万円を越える金額を貯めることが出来ました。
このまま冬休みのバイトとお年玉も含めれば30万円オーバーも夢ではありません。
【散財の日々】
しかし、シャープ:ビデオテレビV8はとんでもない金食い虫で、私の大事な軍資金を容赦なく食い潰していきます。

なにしろ、当時のビデオテープ代ときたら↑ご覧の通りビックリするほど高額です。
それでも録りたい番組は後を絶たず、出費はかさむ一方でした。
■ビデオテレビV8購入から一年の間にツメ折り保存した主な映画作品
『ルパン三世 カリオストロの城』(水曜ロードショー)
『ドラゴンへの道』(月曜ロードショー)
『エースをねらえ!』(水曜ロードショー)
『隠し砦の三悪人』(ゴールデン洋画劇場/放送枠拡大:3時間半)
『銀河鉄道999』(ゴールデン洋画劇場/放送枠拡大:3時間)
『ヤマトよ永遠に』(水曜ロードショー/放送枠拡大:3時間)
『ジョーズ』(水曜ロードショー/放送時間延長:3時間半)
『さらば宇宙戦艦ヤマト-愛の戦士たちー』(水曜ロードショー/放送枠拡大:4時間)
『ルパン三世 ルパンVS複製人間(再)』(水曜ロードショー)
※福井にはテレビ朝日系列局が無いため「日曜洋画劇場」は見られません。
※厳密にはTBS系列局もありませんが、我が家では石川県からの電波を拾うことで「月曜ロードショー」は視聴可能でした。
私にとって大問題だったのは、やはり標準モードでの録画時間でした。
「水曜ロードショー」や「ゴールデン洋画劇場」といった映画番組は基本的に2時間枠ですが、時々時間を拡大・延長してノーカット放送をすることがあったのです。
当時はまだ120分を超える番組を標準モードで記録出来るような長時間テープは存在していません。
160分テープが登場するのは翌年(昭和57年)の春頃です。
いや、仮に160分テープがあったとしても3時間以上の番組を一本に収めることは不可能です。
ではどうするか?。
3倍モードは使えません。
画質以前の問題として、シャープ:ビデオテレビV8には3倍モードが無いのですから。
方法はただ一つ。
テープを2本用意してCMの間に入れ替えて録画するしかありません。
まだビデオソフトなどというものは無い時代です。
当時の私には「この機を逃せばもう二度とノーカット版を手に入れることは出来ない」という切実な思いがありました。
なぜならば、特別な場合を除いて映画のノーカット放送というのは初回放映時だけに限られていたからです。
たとえテープ代が倍かかろうとも、これらの作品を標準モードで録画・保存することは私にとって十分意味のあることでした。
しかし当時のビデオテープは結構な値段です。
せっかくバイトで稼いだお金も4~5千円単位で目減りしていきました。
私はテープを入れ替えるたびに「最初の予定通りSL-J1(β方式)を買っていればL-750一本で事足りたのに・・・」と勝手にVHSに変更した父を恨めしく思ったものでした。
【ビデオの無い生活なんて】
年が明けて昭和57年1月。
最悪の事態が起こってしまいました。
再びビデオテレビV8が故障したのです。
しかも今度はテープがからまるどころの騒ぎではありません。
妹が予約録画しておいたテープを見ようと電源を入れた瞬間、焦げ臭い匂いとともに音もなくビデオデッキ部分の表示が消えスイッチ類が全く反応しなくなったのです。
テレビ部分は問題なく使えましたが、この製品最大のセールスポイントである内蔵ビデオが使い物にならなくなりました。
サービスマンに診てもらったところ、VTRユニット部の基盤が焼けていました。
元々熱に弱い基盤がテレビ内部の熱で劣化が早まったのではないか?とのことでした。
基盤を交換するとなると出張サービスでは手に負えません。
ビデオデッキ部分を取り外してメーカーに送る必要があります。
更に悪いことに、今回の故障には一年保証が適応されないことが分かりました。
保証期限から2週間ほど過ぎていたため無償修理にはならないのです。
これに激怒したのは母でした。
見積もり金額を聞いた母は、一瞬たりとも迷うことなくこう言い放ったのです。
母「そんな高い修理代なんか払えん!。もうビデオなんか直さんでいい!。」
こうして購入からわずか一年あまりで我が家から「ビデオのある生活」が失われることになってしまいました。
これに泣いて抵抗したのが妹です。

我が家にビデオが来て以来、彼女は週に一回家に友達を呼んで一緒に録画した『ザ・ベストテン』のビデオを観るのを楽しみにしていました。
福井にはTBS系列局が無いためほとんどの家庭では『ザ・ベストテン』を見られなかったのですが、私の家は立地条件が良かったせいか石川県のTBS系列局:北陸テレビ(現・北陸放送)が受信出来たのです。
妹にとって週に一度の『ザ・ベストテン』鑑賞会は、歌謡曲好きな仲間との社交の場であると同時に彼女自身のステイタスでもあったのでしょう。
しかし、母は頑としてビデオ修理を認めません。
妹は母に見切りを付け、今度は私に頼んできました。
妹「お兄ちゃん、早よ新しいビデオ買ってきて!。」
私「早よ言われても急には無理や。」
妹「ほんなら、お兄ちゃんのお金でビデオ直して!。」
私「あほ、あんなポンコツのために俺の金を使えるか!」
兄も頼りにならないと悟った妹は、やがてその怒りの鉾先をビデオテレビという中途半端な商品に手を出した父に向け始めました。
妹「お父さんのバカ!。なんであんなポンコツ買ったんや?。お兄ちゃんが言ったとおり普通のビデオを買えばよかったのに!。」
妹を溺愛していた父には相当堪えたのではないかと思います。
一年前には父の勝手な行動に腹を立てていた私も、この時ばかりは父が気の毒に思えてしまいました。
【お前もか!?】
軍資金は正月のお年玉が加わったことで28万円に達していましたが、この期に及んでも私はまだ自分が買うべきビデオを決めあぐねていました。
今までのライブラリを無駄にしないために高品質なVHSデッキを買うべきか?。
それとも、VHSを捨てて今度こそ標準画質(βⅡ)で3時間録画できるベータマックスを買うべきか?。
この場合、既に録画したVHSテープが十数本ある我が家においては次もVHS機を選ぶのが当然です。
更にビデオテレビV8が壊れた今となっては迷うことなど何もないはずでした。
それでも私にはβにこだわる理由がありました。
中学の時に同じ趣味(映画やアニメ)を通じて知り合い、別々の高校に進学してからも変わらず親しくしていた親友であり悪友でもあるT君です。
彼のお父さんはベータ陣営(当時)であるNECの社員だったため、T君宅では必然的にNECのβ方式ビデオを買うはずです。
私としては、彼とテープの貸し借りが出来るようにすることは極めて重要なことでした。
ところが1月末のある日、全ての状況が一変しました。
T君が「俺んちもビデオ買ったぞ!」と言ってきたのです。
私「お~、おめでとう。やっぱNECのβか?。」
T「いや、VHS。ビクターの7300ってやつ。」
私「え?、お前んとこ、お父さんがNECの人やから絶対βになるって言ってなかったか?。」
T「俺もそう思ってたんやけどな。結局VHSにした。」
私「お父さん、自分の会社のビデオ買わんでもいいんか?。社員割引とかで安くなるんやろ?。」
T「(笑)いやいや、これお前のせいやぞ。」
私「俺?」
T「ほやかてお前んちVHSにしたやろ(笑)。」
私「あ、あれは親父が勝手にやな・・・」
T「知ってるって(笑)。なんにしても、うちもVHSにしとかなお前のテープ貸してもらえんやないか。」
なんと、彼は私の家がVHSを買った事を知り、NEC社員のお父さんに頼み込んでVHSを買ってもらったというのです。
その費用の半分は私と一緒にバイトして貯めた彼のお金だったため、「VHSが欲しい」という自分の意見を押し通すことが出来たのです。
そしてもう一つ、T君から重要な情報を教えてもらいました。
T「店の人から聞いたんやけどな。もうすぐ標準モードで2時間40分録れるテープ(T-160)が出るらしいぞ。」
私「マジで?。」
この時点で私がβ方式に拘るべき理由は全て無くなりました。
しかし、選択肢は限られています。
なぜなら、βにせよVHSにせよ私は自分のお金で買うビデオデッキはそれぞれの開発メーカー(つまりソニーかビクター)のものにすると固く決めていたからです。
「開発メーカーならその意地と誇りにかけて中途半端なものは決して作らないはずだ」というのがその理由でした。
これは中途半端なシャープ製品にさんざん悩まされた経験から根付いた考え方であり、私は今でも高額製品を買うときには開発メーカーかトップシェアの製品を選ぶことにしています。
【決断の時】
この時期のビクター製VHSラインナップは以下の3機種だけでした。

HR-7300(18,8000円)
親友のT君が買ったのはこれでした。
VHS開発メーカーの製品だけあって画質については申し分ありません。
ただ、イジェクトボタンを押した時にポップアップホルダーが「ガシャン!」と乱暴な動きをするのが気になりました。
旧機種のHR-6700は、もっとゆっくりとスムーズな動きで蓋が開いたはずです。
おそらく、こういった部分にコストの差が出ているのでしょう。
HR-6700の高品質イメージが強く残っている私としては、あれ以下の製品に自分のお金は出したくないという気持ちがありました。

HR-2200(18,8000円)、チューナーユニットYU-22(6,2000円)
後からビデオカメラを追加購入して屋外撮影も楽しめるポータブルタイプには心惹かれるものがありました。
しかし、本体とチューナーユニットの組み合わせで25万円。
それでいてモノラル音声で3倍モードも付いていません。
テレビ録画を主な目的とする限り、積極的にこの機種を選ぶ理由はありませんでした。
残るは、'81年末に発売されたばかりのこの最新鋭機だけです。
実はこのビクター:HR-7650こそが私の本命でした。
・標準/3倍モード用にそれぞれ専用ヘッドを搭載した4ヘッド構成。
・ファイン・スロー、ファイン・スチル装備。
・繋ぎ録りが乱れない。
・設置場所に困らないフロントローディング方式。
・音声多重/ステレオ対応。
・別売りではあるがワイヤレス・リモコン対応。HR-7300用のワイヤード・リモコンも使用可。

毎日カタログの写真を穴が開くほど眺め続け、情報は一文字単位まで読み込みました。
インターネットなど無い時代ですから、近所で実機を見られない以上カタログの情報だけが頼りなのです。
「とにかく現物に触ってみなければ・・・。」
私は貯金通帳と印鑑を持って単身福井市郊外の大型電気店に足を運びました。
地方の小売店なんかと違い、廉価機だけでなく20万円以上の音声多重対応ビデオもズラリと揃っていました。
ソニー:ベータマックスSL-J9。
ナショナル:マックロードNV-3700、NV-10000(チューナー別売りの最高級機)。
シャープ:マイビデオVC-140ED
等々・・・
しかし、私のお目当てはビクター:HR-7650ただ一つ!。

店頭表示価格は25万3000円。
120分の生テープ3本付きです。
これまでバイトで貯めたお金にお年玉も加わったことで予算は十分に足りていました。
あとは納得いくまで実機に触ってみるだけです。
私は持参した録画済テープを再生してみたり、生テープを入れて録画・再生チェックなどを小一時間近くも続けてHR-7650の画質・音質を納得いくまで確認しました。
さらに早送りや巻き戻し、一時停止などを何度も何度も繰り返してテープ操作の感触を確かめました。
最初は「いかがですか~?最新の音声多重ビデオですよ~。」とニコニコしながら近寄ってきた店員も、私のあまりのしつこさに次第に苛立ってきた様子でした。
でも、こっちは買う気満々で来ているのです。
そして、とことん納得した上でなければ一所懸命に貯めた自分のお金を払うわけにはいきません。
店員の言葉使いがだんだん横柄になってきているのは分かりましたが、私は更にタイマー録画のテストやワイヤレス・リモコンの操作性をチェックしたりして結局2時間以上HR-7650の前に陣取り続けました。
そして、私は決断したのです。
「これください!」
人生初の20万円越えの買い物でした。
しかし、いざ買おうという段階になって困ったことになってしまいました。
この時の所持金28万円はバイト代やお年玉を貯めた私のお金でやましいことなど何もないのですが、この店員は何をどう勘違いしたのか「親の承諾なしでこんな高額商品を未成年に売るわけにはいかない。」と言い出したのです。
そのため、後日親と一緒に出直さなくてはならなくなってしまいました。
親の承諾・・・。
この場合、母と祖母は論外です。
なにせこの二人はビデオテレビV8が壊れた時に「これで子供たちの勉強を邪魔するものが無くなった」と喜んでいたくらいなのですから。
となると、父に頼むほかありません。
しかし父とはビデオテレビの一件以来なんだか気まずい状態が続いていたのです。
「自分のビデオを買いたいから店に同行して欲しい」なんて言えるわけありません。
せっかく納得いく製品とそれを買えるだけのお金があるというのに、私の力ではもうどうにもならなくなってしまいました。
【天使と悪魔】
そんな膠着状態が続いたある日のこと。
いつまでたってもビデオデッキを買えずに悶々としている私に妹が声をかけてきました。
妹「お兄ちゃん、あたしからお父さんに頼んでみようか?」
私にはこの時の妹がまるで天使に見えました。
そういえば、一番最初にビデオを買おうと言い出した時に父が賛同してくれた本当の理由は単に妹に嫌われたくないからでした。
そしてビデオテレビが壊れたあの時も、父は妹にひどく非難されたばかりでした。
妹は父のアキレス腱なのです!。
私「そうか、お前なら・・・」
その週末、父が突然「お前ビデオ買いたいんやってか?。明日の日曜日一緒に行こう。」と言ってきました。
こうもあっさり事が運ぶとは・・・恐るべし我が妹!。
父の後ろでVサインしながら微笑んでいる彼女の姿は、天使というより小悪魔といった感じでありました。
一緒にHR-7650を買いに行った時の父は本当に頼り甲斐がありました。
実は私が一人で行ったときには店頭提示額そのままの120分テープ3本付きで25万3000円で買うことになっていました。
ところが付き添いで来ただけだったはずの父が、店員相手にもの凄い勢いで値切れるだけ値切ってくれたのです。
まず120分テープ3本付きで23万8000円(トータル15%引き)にまで追い落した父でしたが、「まだいけるはずや。」と追い打ちをかけていきます。
私が一人で来た時には(相手が高校生だと思って)横柄な態度をとっていた店員も、父の押しの強さにタジタジとなっていました。
店員「い、いや、旦那さん、これは出たばかりの新型なんでウチではとてもそこまでは・・・テープをあと2本付けますんでこれで勘弁してください。」
なにしろ封筒に入れた現金を目の前でチラつかせながら値切るものですから、店員も「この客を逃がすわけにはいかない」と思ってしまったのでしょう。
最終的には120分テープを5本付けさせて23万円ちょうどになりました。
父のおかげで2万円以上も得をしたことになります。
気の毒だったのはお店の方で、先日私が買いに来た時素直に売ってくれていれば値切られずに済んだものを、余計な気を回して父を連れて来させたために2万円以上儲け損ねてしまいました。
店には在庫があったので。そのまま父の運転する車で持ち帰ることになりました。
帰りの車内では妹が「お父さん、凄~い。」と連発。
父は満更でもない様子でした。
あのビデオテレビV8の一件から一年余り、父は私に対してひと言も謝ってはくれませんでした。
そのことも含めて私は父に反感を持ち続けていたのですが、HR-7650を買うときのあの猛烈な値切り交渉を見てその考えも変わりました。
おそらく父はこの一年間ずっと気まずい思いをし続けていたのだと思います。
だから私(と妹)のために一肌脱いでくれたのでしょう。
私が知る限り、それまで父は買い物するときに値切ったことなど一度も無かったのですから。
【性能】

ビクター:HR-7650(26,8000円)
帰宅してすぐ、ビデオ部分が壊れたままのシャープ:ビデオテレビV8に接続して性能チェックです。
「あんた、また勝手にビデオなんか買ってきて!」
「あの子らはもうすぐ受験やのに!」
鬼の形相で怒る母を必死になだめる父を横目に、私は黙々とセッティングを進めました。
アンテナ線をHR-7650に、そのスルーアウトをテレビに接続して1チャンネルにビデオ映像が映るように設定します。
まずはこれまでに録画した録画済テープの再生チェックです。
最初に再生したビデオテープは、『ルパン三世 カリオストロの城』。
ビデオテレビV8の初期不良が発覚した時、代替えとして借りたビクター:HR-6700を使って録画したものです。
HR-7650にテープが吸い込まれていく様は、どこか女性的でエロティックな感じがしました。
再生ボタンを押してからの動きもとても静かで、落ち着いたデザインの大型筐体の中で優しくテープを扱ってくれている安心感がありました。
同じビクター機で再生する『カリオストロの城』は、シャープのビデオテレビで再生した時よりずっと色乗りが良く輪郭もシャッキリしていて目が覚めるような高画質でした。
これだけでも「HR-7650を買って良かった」と思えたくらいです。
さらにビデオテレビV8で録画したテープも数本見てみましたが、どのテープも録画したV8で自己再生した時より画面が安定して色鮮やかだったのには驚きました。
おそらくV8のビデオ画質が劣って見えたのは再生回路が貧弱だったせいで、記録そのものはしっかりと出来ていたようです。
次に傷付いても構わない古いテープを入れて、わざと乱暴に負荷がかかるような操作を繰り返してみました。
早送り状態からそのまま直接巻き戻しへ。
再生・停止・再生・停止の小刻みな繰り返し。
β方式ならこのくらい当たり前にこなせるのでしょうが、録画・再生時以外はテープローディングを解除するVHSには大きな負担がかかります。
しかしHR-7650はこのサディスティックな動作チェックにも最後まで耐えて抜いてくれました。
V8との性能比較を終えて満足したところで、今度はテレビ本体を移動です。
父の部屋にあった東芝のカセットテレコ付テレビを居間に、ビデオテレビV8は父の部屋へと入れ替えました。
ビデオが使えないビデオテレビなんかより、元々画質も優れていた東芝製テレビを居間に置くほうが良いのです。
その東芝テレビに改めてHR-7650を接続し、ようやく我が家のビデオ環境が整いました。
これで私も心置きなく受験勉強に集中出来るというものです(笑)。
【AVシステム】

この頃には福井でも一部の局で音声多重/ステレオ放送が始まっていました。
HR-7650はステレオ放送が受信可能で(音質はかなり落ちますが)そのままステレオでの録画も可能です。
これに大喜びしたのは妹でした。

妹は歌番組が大好きで、『ザ・トップテン』や『ザ・ベストテン』を毎週欠かさず見ながら東芝製カセットテレコ付きテレビで好きな曲をテープに録音していたくらいなのです。
その2つの番組がステレオで聴けるようになるということで、毎週月曜と木曜日にはHR-7650は妹に独占されるようになってしまいました。
しかし、問題はテレビに付いているスピーカーがモノラルであることでした。
最初のうちはHR-7650にヘッドホンを繋いで聴いていましたが、これでは妹の友達が来た時に皆で楽しむことは出来ません。
そこで私は以前から考えていたプランを実行に移すことにしました。
ステレオピンケーブルを買ってきて、HR-7650の音声出力とラジカセ(シャープ:GF-508)の外部入力を繋ぎ、ラジカセのスピーカーから音を出すようにするのです。
<接続図>

こうすればステレオ放送の音声をラジカセのスピーカーを使ってステレオで聴くことが出来ます。
GF-508には「ワイドステレオ」と呼ばれる疑似サラウンド機能も付いていて、音場に広がりを持たせることも可能でした。
さらに、カセットデッキ部でステレオ録音まで出来るのでまさに一石二鳥です。
今思えば、これが私にとって最初のAV(オーディオ・ビジュアル)システムだったのかも知れません。
妹はことのほか喜んでくれましたが、ひとつ困ったことがありました。
これをきっかけに毎週月曜日と木曜日、そして妹の友達が集まる日曜日には必ずラジカセを持ってきてビデオと繋いでやる羽目になったのです。
これではその都度レコードプレーヤーとFMアンテナ、そして音声ケーブルの付け外しをしなければなりません。
端子部分の破損を心配した私は、逆にラジカセを常時居間に置いて必要時にだけレコードプレーヤーを繋ぐことにしました。
【我が良き悪友(とも)よ】

親友のT君とも盛んにテープを貸し借りしました。
どちらかといえば、私が貸す方が多かったかも知れません。
北陸テレビを受信できないT君は、私が貸した録画テープでTBS系のアニメや特撮番組を観ていたのです。
また、北陸テレビではクロスネットで『伝説巨神イデオン』や『戦闘メカザブングル』などの富野喜幸監督作品も放送してくれていました。
反対にT君が貸してくれたビデオは・・・あまり大きな声では言えませんがえっちなビデオが多かったです(笑)。
彼がビデオデッキを購入した店では特典として「録画済ビデオの貸し出し」サービスというものがあったのですが、その中に何本かえっちなビデオが含まれていたらしいのです。
彼は自分が老けて見られることを悪用し、大学生と称してえっちなビデオを借りてきてはそれを又貸ししてくれたのでした。
画質はダビングにダビングを重ねたひどいものでしたが、アダルトビデオもインターネットも無い時代の高3男子には十分すぎるほど刺激的な代物でありました。
内容までは覚えていませんが中にはモザイクが無いやつもあったりして、T君が言うにはかの有名な『洗濯屋ケ●ちゃん』も含まれていたらしいです。
【現役生活22年!】
昭和57年(1982年)2月に手に入れたビクター:HR-7650。
実は今まで私が使ってきたAV機器の中で最も長く現役で使い続けたマシンとなりました。
その後HiFiビデオやS-VHSといった新型機も買いましたが、私はどうしてもHR-7650を手放す気にはなれなかったのです。
さすがにBS録画にまでは使いませんでしたが、地上波番組を録って見る程度なら使い慣れたこのノーマルVHSで十分です。
結局2度のヘッド交換とメーカーメンテナンスを経て、なんと22年間現役で使い続けました。
2度目のヘッド交換時には「もう純正部品が無い」と言われてしまいましたが、他機種用の同等品に交換することでなんとか延命させてくれました。
このメーカーサービスの対応が嬉しかったこともあって、HR-7650以降私が使ったVHSデッキは全てビクター製品ばかりです。
しかし・・・。

平成16年(2004年)、DVD/HDDレコーダー(パイオニア:DVR-710H-S)を導入してからというもの、テープを使うビデオデッキは急激に使う機会が無くなりました。
HDDなら十時間以上の連続録画も可能ですし、テープを入れ替える必要もありません。
この録画フォーマットの革命を機にHR-7650は22年間の現役生活から引退、箱に収めて眠りにつかせることとなりました。
最終的に手放したのはアナログ放送終了間近の2009年春です。
家の建て替えのため半年ほど親戚宅の離れを間借りすることになり、大規模な断捨離をする必要に迫られたのです。
完動品とはいえ使う機会が皆無となったHR-7650も例外ではありません。
使わない機器を置いておけるような場所はどこにも無かったのです。
しかし、HR-7650はこれまで使ったどの機器よりも愛着あるビデオです。
二束三文でハードオフに売るとか粗大ゴミに出すなんてことは絶対にしたくありません。
せめて「欲しい」と言ってくれる人にお譲りしようと、ヤフオクに出品することにしました。
開始価格は型番にちなんで7,650円。
アナログ放送の終わりが近い時期でしたので「この値段では高くて買い手は付かないだろう」と言われましたが、私としては「この値段でも落札してくれる人なら本当に大事にしてくれるに違いない」という思いで決めた値段です。
(心の底では「落札して欲しくない、手放したくない」という気持ちもありました)
ところが、出品してすぐ最初の入札があり、一週間後の終了時には4万円近くまで跳ね上がっていました。
完全動作品であることに加えて外箱や取扱説明書も全部揃っていたのが良かったようです。
落札していただいた岐阜県の方は「若い頃欲しくて仕方がなかった機種でした。使う機会は少ないが大事にします。」と仰ってくれました。
このヤフオク出品の為に、5年ぶりにアンテナ線を繋いで電源を入れ、各種動作に異常がないかを丹念にチェックし、綺麗に清掃して写真を撮ったのが私がHR-7650に触れた最後でありました。
これまでHiFiビデオやS-VHS、LDプレーヤーにAVアンプなど色々なAV機器を買い替えてきましたが、流石に22年間も現役で使い続けた製品は他にありません。
仕方ないこととはいえ、手放してしまったことを今でも少し後悔しています。
「不定期連載」と銘打っているとはいえ、前回の記事から2ヶ月以上も経ってしまいました。
遅筆の理由はひとえに「資料不足」です。
文章そのものは早い時点で書き終えていたものの、添付する画像や具体的な製品データを探すのにかなり手間取りました。
ソニーやナショナル(現:パナソニック)など現在も映像事業を継続しているメーカーの製品情報は多少古いものであっても比較的簡単に見つかりますが、私が愛用したビクターの製品に関してはネット上でもほとんど資料が見つかりません。
ケンウッドと合併してJVCケンウッドとなり再建を目指したはずのビクターでしたが、社内では旧ケンウッド側の勢力が勝っているらしくいつの間にかHP上で過去のビクター機を紹介していたページも削除されてしまっていました。
VHSの盟主であったビクターという老舗メーカーが失われつつあるようで寂しい限りです。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
HR-7650への思い入れが強すぎてかなりの長文になってしまいました。
次回の不定期連載企画「私のオーディオ・ビデオ遍歴」は、大学進学で単身大阪へ出た昭和58年春のお話です。