週刊映画鑑賞記(2020.10/12~2020.10/18)
今週はいろいろと仕事が立て込んできてゆっくり長編映画を鑑賞する時間が取れませんでした。
時間があったとしても早朝からの仕事が多かったため見ていてもすぐ寝落ちしてしまうのです。
結局、今週見たのは、一本あたりの時間が短いBS4Kの『ウルトラセブン』と朝ドラ『エール』だけでした。
これで「映画鑑賞記」とはタイトル詐欺も甚だしいですが、どちらも映画作品に劣らないほど見ごたえあるものでありました。
『ウルトラセブン』(4Kリマスター版)
(ホームシアター:BS4K録画)

今週は第5話「消された時間」と第6話「ダーク・ゾーン」が放映されました。
どちらも『ウルトラセブン』を代表する有名エピソードです。
第5話「消された時間」

<あらすじ>
世界的な科学者ユシマ博士が来日した。
地球防衛軍極東基地に自らが開発したユシマダイオードを取りつけるためである。
だが、ユシマ博士はすでにビラ星人によって洗脳されていた。
ダンはこれにいち早く気づいたが、危険を訴えても誰にも信用されない。
それどころか、ダン自身が疑われ拘束されてしまった。
その間に、ユシマ博士は超遠距離レーダーを破壊。
これによってビラ星人の宇宙船団はまんまと大気圏突入に成功する。

本作には、おそらく「消された時間」ならぬ「消された場面」があったと思われる部分があります。
一部意味不明なセリフがあるのです。
それは、ユシマ博士を車で送迎しているダンが「どうしてユシマ博士は僕が宇宙人であることを知っているかのようなことを言ったんだろう?」と博士に対して急に警戒心を抱きはじめるシーンです。
この前にホテルに迎えに行ったダンに対し、ユシマ博士が「ウルトラ警備隊の中に宇宙人がいる」と指摘してダンをドキリとさせるといった描写がなければならないはずなのです。
何故その場面が無くなったのかは不明ですが、消された場面を受けたダンのセリフだけが残されたために見る者に混乱を生じさせてしまっています。
アフレコ段階で車内でのダンのセリフだけでも整合性のあるものに変更するべきでした。

ビラ星人に操られたユシマ博士の破壊活動を超能力で察知したダンは博士に襲い掛かりますが、何も知らない仲間たちに取り押さえられ独房に入れられてしまいます。
「信じてください!ユシマ博士は宇宙人に操られているんだ!」
これは『帰ってきたウルトラマン』の名編「悪魔と天使の間に・・・」(第31話)の原型ではないかと思います。

そのユシマ博士役を演じたのは山本耕一さん。
ウルトラシリーズへの出演はこの一本だけですが、宇宙人に操られたユシマ博士の無機質な表情は強く印象に残りました。
ところで、現在50歳以上の方ならばこの山本さんのことを覚えている人も多いのではないでしょうか?。
そーなんです!。
山本耕一さんは’80年代初頭の漫才ブームの時、当時の人気漫才コンビ:ザ・ぼんちのネタにされていた方なのです!。
「恋のぼんちシート」(YouTUBEより)
当時、ワイドショー「アフタヌーンショー」に事件レポーターとして出演していた山本さんと司会の川崎敬三さんとの独特なやりとり(「ちょっと待ってください、山本さん」「そうなんですよ、川崎さん。犯人はA地点からB地点まで移動して・・・」など)をネタにした漫才が大ウケ(死語)して、山本さんも一躍(変な形で)脚光を浴びていました。
そのせいで、大学生の時(’83年頃)に見返したときは漫才のネタを思い出してしまって真剣には見られなかったです(笑)。

「我々はビラ星人 全宇宙の征服者だ」
・・・と、なんとも尊大な自己紹介をしたビラ星人ですが、なるほど時間を止めるという能力があればそれも不可能なことではないかも知れません。
しかし、それにしては地球人を洗脳してスパイ活動をさせるだけという姑息な手段を使っているのが気になります(笑)。
おそらく、ビラ星人が時間を止めておけるのはほんの1~2分だけなのだろうと思います。
それで相手の星に内紛を起こし弱体化させて侵略を進めてきたのでしょう。

疑問なのはセブンとの直接対決でなぜ時間停止能力を使わなかったのか?ということです。
セブンに簡単に防がれてしまうような貧弱なビームを撃つより、ほんの数分時間を止めて攻撃すればセブンだって太刀打ち出来ないと思うのですがね。
もしかすると、ビラ星人の中でも時間停止能力が使えるのはごく一握りだけなのかも知れません。
最後に巨大化して戦ったこの個体はビラ星人の中でも武闘派に属する奴だったということでしょうか?。

ところで、ダンがセブンに変身して破壊した独房を見てウルトラ警備隊がダンを更に疑うようなことはなかったのでしょうか?。
アンヌの「みんなビラ星人がいけないんですわ」でオールオッケーというわけにはいかない気がするのですがね。
この点にはまだ脳内補完が追い付いておりません(笑)。
第6話「ダーク・ゾーン」

<あらすじ>
アンヌ隊員のプライベート・ルームに謎の黒い影が出現した。
「自分の正体は宇宙人だが危害を加えるつもりは全くない、怪我をしているので休ませて欲しい。」と語るその相手をダンとアンヌは匿うことに。。
ちょうどその頃、宇宙空間都市ペガッサから「システムトラブルが発生したため地球の軌道を変更してほしい」という連絡が入っていた。
天然の惑星の軌道を変えることなど出来ない。
このままではペガッサシティは地球と衝突してしまう。

私が『ウルトラセブン』を初めて見たのは5歳の頃でしたが、その時のおぼろげな記憶の一つに「ウルトラ警備隊にはすごく優しい姉さんがいた」というものがありました。
その優しいお姉さんとは、この第6話「ダーク・ゾーン」で怯えるペガッサ人工作員を優しく庇ってあげていたこの時のアンヌのことではなかったかと思います。

一つ疑問に思うのは、ペガッサ人はどうしてわざわざ警戒厳重なウルトラ警備隊本部基地に入り込んだのでしょうか?。
しかもケガをした状態で・・・?。
ペガッサ工作員は『スタートレック』等で使われていた物質転送装置を使ったのではないかと考えられます。
その時、転送装置に何らかのアクシデントが起き(なにせペガッサ都市そのものがトラブっていたくらいなので)、彼はよりによってウルトラ警備隊基地のアンヌの部屋にケガをした状態で転送されてしまったのに違いありません。
・・・と、こんな風に自分なりの脳内補完しながら見るというのも、『ウルトラセブン』の乙な楽しみ方の一つですね(笑)。

アンヌの部屋に現れたペガッサ人は普通に”良い奴”で、「君たち地球人だって立派な宇宙人じゃないか」とグローバルな視野を持っています。
昨今の日本はお隣のK国やC国の一方的な言い分や身勝手な行動に振り回されております。
でも、私が個人的に知っているこれらの国の人たちはみんな善い人ばかりなのです。
数年ぶりにペガッサ星人とのやりとりを見ていてふとそんなことを考えておりました。

しかし、ペガッサと地球の衝突を避けられないと悟ったペガッサ工作員は、母国を救うために地球を破壊する爆弾を起動させます。
そして自分に優しくしてくれたダンとアンヌにだけそのことを告げて「逃げろ」と伝えます。
ダンがペガッサ市の破壊を告げても「地球人の貧弱な科学で自分たち宇宙都市を破壊できるはずはない」と信じようとしません。
しかし、地球が無事でいることがペガッサ消滅の証拠であることを悟ったとき、彼は「なんていうことをするんだ。ペガッサは宇宙が生んだ最高の科学なんだ!。」とセブンと地球人の行為をなじります。
「宇宙一の科学力を持つ自分たちペガッサが生き残るために文明の遅れた地球が滅びるのもやむを得ない」という独善的な考え方が垣間見えます。
このペガッサ人の思考は宇宙レベルの選民意識のようなもので非常に身勝手なものに思えます。
しかし、アンヌの部屋に逃げ込んできたペガッサ人は、個人レベルでは人の情を理解する本当に善い奴なのです。

今後は地球を第2の故郷として生きていかねばならなくなったペガッサ人工作員。
この一本だけで終わらせてしまうには実に惜しいキャラクターだと前々から思っていましたが、確か平成『ウルトラセブン』に彼が地球人に姿を変えて暮らしていたという後日談があったと記憶しております。
あと最近の『ジード』にもペガッサ人の子供が登場していました。
ファンだけでなく作り手からも愛されているキャラなのですね。
連日
『エール』
(居間49インチ4K液晶テレビ:NHK総合)

今週は裕一が戦争の現実を思い知らされる重要なパートです。
いつもの明るいオープニングも無くなってこれまでの流れとは明らかに異質な感じでした。
画面作りも、全体に色彩を落としたモノトーンになっていて重苦しい雰囲気を醸し出していました。

裕一のモデルである古関裕而先生も戦時中ビルマへの慰問に行かれています。
実際はこのドラマほど劇的な経験はされていないようですが、それでも若い兵士たちが自分が作った音楽に影響を受けて命を散らしたことを悟り戦後の作曲活動に大きな暗い影を及ぼしたとのことです。

歴代朝ドラには太平洋戦争期を舞台にした作品も数多いですが、実は戦場のシーンが描かれた作品はごくわずかで、そのほとんどは内地で夫や恋人の生還を待ちわびる女性主人公の姿にばかりスポットが充てられていたそうです。
これは何十年も朝ドラを見続けてきた母の話ですが、なるほど朝・昼の主婦の息抜きドラマに人がバタバタ死んでいく戦場の場面はそぐわないことは確かです。

ところが今週のエールでは、主人公:裕一が慰問のため訪れたラングーンでの凄惨な戦闘場面が描かれました。
凄惨といっても朝ドラの許容範囲内の描写ですし、戦争映画みたいに俳優さんの数も多くはないですが、その前のコンサートシーンの影響もあって短いながらも死んでいく一人一人の兵士の無念さが伝わってくるようでした。
そしてその最中には、裕一にとって人生の恩人とも呼べる藤堂先生までも・・・。
藤堂先生のモデルとされていた方は戦争から生きて帰っていて、戦後も長い間教育者として働いていらっしゃったはずです。
以前(藤堂先生出征の時)、そのことを調べていたのでこの展開は本当に意外でした。

恩師の遺書を未亡人となった昌子に手渡す場面。
「幸せだったなぁ、楽しかった。もうあんな日還ってこない。会いたい、もう一度会いたい。」
悲しいとか辛いとかではなく、あえて楽しかった思い出を口にする堀内敬子さんの名演技に私も妻も思わずもらい泣きしてしまいました。

そして、音の音楽学校の生徒だった少年:弘哉の戦士の報告も。
弘哉にはかない恋心を抱いていた華ちゃんの嗚咽がまた心をえぐります。
前から弘哉には死亡フラグが立ちまくっていたのでこの展開は読めていたつもりでしたが、そんな先読みなど俳優さんたちの真摯な演技の前に消し飛んでしまって自然に言葉を失っておりました。

その一方で、いくつか気になる点があったのも事実です。
例えば、いかに慰問が来たとはいえ前線の野営部隊で音楽の演奏会なんてあり得るのか?という疑問です。
大きな音を立てては敵に見つかって標的にされるだけではないかと思うのですが・・・?。

そして一番気になったのは、この重苦しい雰囲気の最中に突然あの世で楽しくやっている小山・関内両家の父親が間抜けな幽霊姿で登場するシーンがあったことです。
裕一の母の夢だとはいえ、これから大勢の人の無念の死を描くことになるドラマの中においてあまりにも無神経な画だったように思います。
場を和ませたいという意図があってのことだと思いますが、私には違和感しかありませんでした。
『エール』はシリアス描写とユーモア描写のバランス感覚に若干難があるように思います。
これは、当初一人の脚本家が全編通して執筆するはずだったのが、その人が急に降板することになって複数のライターの手でシナリオを書き進めたことによる弊害ではないでしょうか。
今週もお付き合いいただきありがとうございました。