映画に見る終戦直後の男性ファッション 【後編】
CATEGORY映画全般
トガジンです。

2週連続の与太話にお付き合いいただきありがとうございます。

現在私も登録している山崎貴監督の新作映画『超大作怪獣映画(仮題)』のエキストラ募集。
その中に以下のような項目がありました。
「時代背景は昭和20年から22年にかけて」
「全員時代扮装が必要なため制作側で用意した衣装を着ていただく」
「ウエスト90cm以上や高身長の衣装が少ないため、自前で使えそうなシャツやズボンなどがあるか問い合わせさせていただく場合もある」
私は結構お腹が出てきているため「ウエスト90cm以上」にしっかり該当してしまっているのです(汗)。
そこで、もし「あなたに合う衣装がありません」と言われた場合、「では、これならいかがでしょう?」と提案出来るように昭和20年から数年分の男性ファッションを調べてみることにしたのです。
「服の研究する前にまずダイエットしたら?」という妻の言葉が耳に痛いですが、それは聞こえないフリしております(汗)。
『瀬戸内少年野球団』

時代は昭和20年9月。
まさに終戦直後の物語です。
場所は原作者阿久悠さんの故郷:淡路島。
子供たちメインの話かと思いきや、実は彼らを取り巻く大人たちの戦後を描く映画でした。

映画は教科書の一部を墨塗りするところから始まります。
敗戦によって軍国主義から民主主義へと教育方針がガラリと変わったわけですが、新しい教科書が間に合わないため旧い教科書の軍国主義的部分を墨で塗り潰していたのです。
そういえば、11年前に他界した父もこの教科書塗り潰しを体験したと聞きました。
昔の話をもっと聞いておけば良かったと今さらながら悔やまれます。

兵隊の復員場面や、闇市で手に入れた米を警官に咎められるシーンなど、「終戦直後の日本」を象徴する風景がいくつも出てきます。
しかし、『瀬戸内少年野球団』は昭和59年公開作品です。
戦後の記憶がまだ生々しい時代に作られた『野良犬』や『肉体の門』と比べると、どこか寓話っぽいというかただのアイコンのように見えてしまうのは否めません。
これには戦後から40年近くも経っていることと、日本経済繁栄期に作られたことが影響しているのかも知れません。
原作者や監督には戦時中の記憶が残っていても、80年代という時代がそれをリアルに映像化することを拒んでいるようにも思えました。

島の子供たちに野球を教えてる青年を演じたのはGO!・・・じゃなくて郷ひろみさん(当時39歳)。
一人だけまとっている空気が違う気がします(笑)。
この時代のワイシャツってどれも襟が大きいんですよね。
こういうシャツって今も売っているのでしょうか?。

「おっちゃんギブミーや、ギブミーしてんか!」
バラケツがGHQ兵士に手を伸ばして叫んだこのセリフは今でも記憶に残っています。
やがてこの子たちが大人になって戦後日本を立て直していくわけですが、そんなバイタリティがこのひと言に集約されている気がします。

そのバラケツの兄を演じたのは、芸能界から姿を消して久しい島田紳助さんです。
何かの商売で大成功して島に凱旋してきたとかで、その服装は成金趣味全開の下品なものでした。
「昭和20年にもこんな服装があったのか~」と横目で流し見してましたが、よく見ると赤いサスペンダー(吊りバンド)を着けているではありませんか?。
私は結構お腹が出ているため普通のベルトだけではうまく固定出来ないことが多く、普段からサスペンダーを愛用しています。
それなのに戦後を描いた映画になかなかサスペンダーが出てこないため少し不安になっておりました。
終戦直後を描いた映画をいくつか見てきましたが、サスペンダーが画面に登場したのはこれが初めてです。
でも、このバラケツの兄は893者らしく、どこかで不正に手に入れたものかも知れません。
色合い的にも派手な感じで、真似して使うにはちょっと・・・という感じです。

本作は夏目雅子さんの遺作です。
「今回の視聴目的は男性の服装チェック」と割り切って見ていたはずが、夏目さんが登場するたびついつい目を奪われてしまいました。
惜しい女優さんを亡くしました・・・。
『日本独立』

次にチェックしたのは伊藤俊也監督の『日本独立』(2020年公開)です。
この映画で描かれている時代は昭和20年の終戦直後から日本国憲法が施行される昭和22年まで。
つまり『超大作怪獣映画(仮題)』と全く同じ時代設定なのです。
参考にならないはずはありません。

一般市民の姿はほとんど出てこない映画ですが、マッカーサー元帥がGHQ本部に初登庁するシーンで一般人の野次馬を見ることが出来ます。
襟広のシャツにベージュ系の上着や着物姿、夏ということで帽子を被っている人が多いなど、これまで見たものとほぼ同じです。
ところで、この画面を注視するうちにおかしなことに気付きました。
手前両サイドのグループと、奥の歩道から見ている群衆の中に全く同じ顔と服装の人が何人もいるのです。
おそらく必要数のエキストラを集められずに合成で数を増やしているのでしょう。
『野良犬』や『肉体の門』の頃は、例えば群衆が100人必要なら100人の大部屋俳優を集められた日本映画隆盛期でした。
斜陽産業となってからは多少素人が混じってもなんとか頭数だけ揃え、それも出来なくなると今度は数そのものが減らされてどんどん画面が淋しくなっていきます。
平成になるとインターネットで全国の素人ボランティアエキストラ(私もその一人)を集めるという手が使われ始めます。
そしてこれからはいくらでもCGで頭数を増やせる時代に・・・。
こんなところにも映画の歴史が見え隠れしていました。

『日本独立』で一番参考になったのは、浅野忠信さんが身に着ているサスペンダーでした。
『瀬戸内少年野球団』の紳助さんのものと比べると、色もシックで落ち着きがあり服のデザインと一体化されています。

非常にマイナーな作品ですが、今回私がこの『日本独立』を選択したのには理由(わけ)があります。
実は私、この映画の新憲法施行祝賀祭りのシーンにエキストラとして参加しているのです。

撮影に参加したのは今からちょうど3年前の2019年3月。
場所は滋賀県大津市にある「びわ湖大津館」。
ちなみにこの写真は、湖岸に着いた遊覧船ビアンカ号を休憩中のエキストラ全員が眺めているところです。
ビアンカの乗客はさぞ驚いたことでしょう(笑)。

着ていたスーツは自前ですが、ネクタイだけあの時代に合うものを衣装さんからお借りしました。
髪の毛はポマードでベッタリ固められ、革製のカバンを持たせられました。
昭和22年のサラリーマンってこんな感じだったのですかね。

この日丸一日かけての撮影でしたが、映画で使われたのはこのロングショットと、浅野さんと宮沢りえさんが話しながら歩くドリーショットの2カットのみでした。
私は〇で囲っているあたりで歌ったり踊ったりしていたんですが、とてもじゃないけれど自分の姿を見つけることは不可能でした(涙)。
『獄門島』

最後はこの映画。
市川崑監督の金田一耕助シリーズ3作目です。

制作・公開は昭和52年ですが、昭和21年の終戦直後を背景とするミステリー映画です。
ほとんど獄門島内部で話が展開する作品ですが、冒頭に少しだけ内地の場面がありました。

ここでは傷痍軍人が出てきます。
私が小学生の頃にはまだ傷痍軍人を見かける機会が結構ありました。
特にお祭りのときには大勢現れて神社の脇道で軍歌を流しながら物乞いしていました。
(もっとも、あの人たち全員が本物の傷痍軍人だったのかは分かりませんが・・・)
傷痍軍人って、終戦直後のアイコンとしてかなり分かりやすい気がします。
でも、今の私みたいにお腹が出ている傷痍軍人なんて絶対あり得ないですがね(笑)。

獄門島の重鎮たち。
私が注目したのは右端にいる村長(演:稲葉義男さん)のスタイルです。
洗いざらしのヨレヨレのズボンと上着。
襟の大きな白シャツ。
はちきれそうなお腹。
ズボンにインしたシャツ。
手に持った扇子と頭に被ったカンカン帽。
なんだか、答えが出た気がします。
このスタイルならサスペンダーを着け加えても(色さえ気を付ければ)違和感は無いはずです。
決めた!。
この村長さんスタイルを目指して服を用意しようと思います。

それと【前編】でチェックした「じさまシャツ+腹巻+ステテコ」のバカボンパパスタイル。
こんなおっさんなら少しくらいお腹がだらしなく出ていてもおかしくないでしょう。
あとは抽選に当たることを祈るのみであります。オネガイッ…m(´Д`*)
2週間に渡って昭和20年代の男性ファッションチェックをやってみましたが、それぞれの映画に対して新しい発見もあったりして楽しかったです。
他にも『酔いどれ天使』『犬神家の一族』『この世界の片隅に』『ゴジラ(昭和29年版)』など終戦後の日本を背景とした映画をいくつかチェックしましたが、男性の服装に関しては今回記事にした映画たちとほぼ重なるため削除しています。
今回は夏服限定でしたがが、もし冬のシーンの募集があった場合には【冬服編】もやるかも知れません。
そのときは『素晴らしき日曜日』とか『仁義なき戦い』が候補になりそうです。
2週連続でお付き合いいただきありがとうございました。

2週連続の与太話にお付き合いいただきありがとうございます。

現在私も登録している山崎貴監督の新作映画『超大作怪獣映画(仮題)』のエキストラ募集。
その中に以下のような項目がありました。
「時代背景は昭和20年から22年にかけて」
「全員時代扮装が必要なため制作側で用意した衣装を着ていただく」
「ウエスト90cm以上や高身長の衣装が少ないため、自前で使えそうなシャツやズボンなどがあるか問い合わせさせていただく場合もある」
私は結構お腹が出てきているため「ウエスト90cm以上」にしっかり該当してしまっているのです(汗)。
そこで、もし「あなたに合う衣装がありません」と言われた場合、「では、これならいかがでしょう?」と提案出来るように昭和20年から数年分の男性ファッションを調べてみることにしたのです。
「服の研究する前にまずダイエットしたら?」という妻の言葉が耳に痛いですが、それは聞こえないフリしております(汗)。
『瀬戸内少年野球団』

時代は昭和20年9月。
まさに終戦直後の物語です。
場所は原作者阿久悠さんの故郷:淡路島。
子供たちメインの話かと思いきや、実は彼らを取り巻く大人たちの戦後を描く映画でした。

映画は教科書の一部を墨塗りするところから始まります。
敗戦によって軍国主義から民主主義へと教育方針がガラリと変わったわけですが、新しい教科書が間に合わないため旧い教科書の軍国主義的部分を墨で塗り潰していたのです。
そういえば、11年前に他界した父もこの教科書塗り潰しを体験したと聞きました。
昔の話をもっと聞いておけば良かったと今さらながら悔やまれます。

兵隊の復員場面や、闇市で手に入れた米を警官に咎められるシーンなど、「終戦直後の日本」を象徴する風景がいくつも出てきます。
しかし、『瀬戸内少年野球団』は昭和59年公開作品です。
戦後の記憶がまだ生々しい時代に作られた『野良犬』や『肉体の門』と比べると、どこか寓話っぽいというかただのアイコンのように見えてしまうのは否めません。
これには戦後から40年近くも経っていることと、日本経済繁栄期に作られたことが影響しているのかも知れません。
原作者や監督には戦時中の記憶が残っていても、80年代という時代がそれをリアルに映像化することを拒んでいるようにも思えました。

島の子供たちに野球を教えてる青年を演じたのはGO!・・・じゃなくて郷ひろみさん(当時39歳)。
一人だけまとっている空気が違う気がします(笑)。
この時代のワイシャツってどれも襟が大きいんですよね。
こういうシャツって今も売っているのでしょうか?。

「おっちゃんギブミーや、ギブミーしてんか!」
バラケツがGHQ兵士に手を伸ばして叫んだこのセリフは今でも記憶に残っています。
やがてこの子たちが大人になって戦後日本を立て直していくわけですが、そんなバイタリティがこのひと言に集約されている気がします。

そのバラケツの兄を演じたのは、芸能界から姿を消して久しい島田紳助さんです。
何かの商売で大成功して島に凱旋してきたとかで、その服装は成金趣味全開の下品なものでした。
「昭和20年にもこんな服装があったのか~」と横目で流し見してましたが、よく見ると赤いサスペンダー(吊りバンド)を着けているではありませんか?。
私は結構お腹が出ているため普通のベルトだけではうまく固定出来ないことが多く、普段からサスペンダーを愛用しています。
それなのに戦後を描いた映画になかなかサスペンダーが出てこないため少し不安になっておりました。
終戦直後を描いた映画をいくつか見てきましたが、サスペンダーが画面に登場したのはこれが初めてです。
でも、このバラケツの兄は893者らしく、どこかで不正に手に入れたものかも知れません。
色合い的にも派手な感じで、真似して使うにはちょっと・・・という感じです。

本作は夏目雅子さんの遺作です。
「今回の視聴目的は男性の服装チェック」と割り切って見ていたはずが、夏目さんが登場するたびついつい目を奪われてしまいました。
惜しい女優さんを亡くしました・・・。
『日本独立』

次にチェックしたのは伊藤俊也監督の『日本独立』(2020年公開)です。
この映画で描かれている時代は昭和20年の終戦直後から日本国憲法が施行される昭和22年まで。
つまり『超大作怪獣映画(仮題)』と全く同じ時代設定なのです。
参考にならないはずはありません。

一般市民の姿はほとんど出てこない映画ですが、マッカーサー元帥がGHQ本部に初登庁するシーンで一般人の野次馬を見ることが出来ます。
襟広のシャツにベージュ系の上着や着物姿、夏ということで帽子を被っている人が多いなど、これまで見たものとほぼ同じです。
ところで、この画面を注視するうちにおかしなことに気付きました。
手前両サイドのグループと、奥の歩道から見ている群衆の中に全く同じ顔と服装の人が何人もいるのです。
おそらく必要数のエキストラを集められずに合成で数を増やしているのでしょう。
『野良犬』や『肉体の門』の頃は、例えば群衆が100人必要なら100人の大部屋俳優を集められた日本映画隆盛期でした。
斜陽産業となってからは多少素人が混じってもなんとか頭数だけ揃え、それも出来なくなると今度は数そのものが減らされてどんどん画面が淋しくなっていきます。
平成になるとインターネットで全国の素人ボランティアエキストラ(私もその一人)を集めるという手が使われ始めます。
そしてこれからはいくらでもCGで頭数を増やせる時代に・・・。
こんなところにも映画の歴史が見え隠れしていました。

『日本独立』で一番参考になったのは、浅野忠信さんが身に着ているサスペンダーでした。
『瀬戸内少年野球団』の紳助さんのものと比べると、色もシックで落ち着きがあり服のデザインと一体化されています。

非常にマイナーな作品ですが、今回私がこの『日本独立』を選択したのには理由(わけ)があります。
実は私、この映画の新憲法施行祝賀祭りのシーンにエキストラとして参加しているのです。

撮影に参加したのは今からちょうど3年前の2019年3月。
場所は滋賀県大津市にある「びわ湖大津館」。
ちなみにこの写真は、湖岸に着いた遊覧船ビアンカ号を休憩中のエキストラ全員が眺めているところです。
ビアンカの乗客はさぞ驚いたことでしょう(笑)。

着ていたスーツは自前ですが、ネクタイだけあの時代に合うものを衣装さんからお借りしました。
髪の毛はポマードでベッタリ固められ、革製のカバンを持たせられました。
昭和22年のサラリーマンってこんな感じだったのですかね。

この日丸一日かけての撮影でしたが、映画で使われたのはこのロングショットと、浅野さんと宮沢りえさんが話しながら歩くドリーショットの2カットのみでした。
私は〇で囲っているあたりで歌ったり踊ったりしていたんですが、とてもじゃないけれど自分の姿を見つけることは不可能でした(涙)。
『獄門島』

最後はこの映画。
市川崑監督の金田一耕助シリーズ3作目です。

制作・公開は昭和52年ですが、昭和21年の終戦直後を背景とするミステリー映画です。
ほとんど獄門島内部で話が展開する作品ですが、冒頭に少しだけ内地の場面がありました。

ここでは傷痍軍人が出てきます。
私が小学生の頃にはまだ傷痍軍人を見かける機会が結構ありました。
特にお祭りのときには大勢現れて神社の脇道で軍歌を流しながら物乞いしていました。
(もっとも、あの人たち全員が本物の傷痍軍人だったのかは分かりませんが・・・)
傷痍軍人って、終戦直後のアイコンとしてかなり分かりやすい気がします。
でも、今の私みたいにお腹が出ている傷痍軍人なんて絶対あり得ないですがね(笑)。

獄門島の重鎮たち。
私が注目したのは右端にいる村長(演:稲葉義男さん)のスタイルです。
洗いざらしのヨレヨレのズボンと上着。
襟の大きな白シャツ。
はちきれそうなお腹。
ズボンにインしたシャツ。
手に持った扇子と頭に被ったカンカン帽。
なんだか、答えが出た気がします。
このスタイルならサスペンダーを着け加えても(色さえ気を付ければ)違和感は無いはずです。
決めた!。
この村長さんスタイルを目指して服を用意しようと思います。

それと【前編】でチェックした「じさまシャツ+腹巻+ステテコ」のバカボンパパスタイル。
こんなおっさんなら少しくらいお腹がだらしなく出ていてもおかしくないでしょう。
あとは抽選に当たることを祈るのみであります。オネガイッ…m(´Д`*)
2週間に渡って昭和20年代の男性ファッションチェックをやってみましたが、それぞれの映画に対して新しい発見もあったりして楽しかったです。
他にも『酔いどれ天使』『犬神家の一族』『この世界の片隅に』『ゴジラ(昭和29年版)』など終戦後の日本を背景とした映画をいくつかチェックしましたが、男性の服装に関しては今回記事にした映画たちとほぼ重なるため削除しています。
今回は夏服限定でしたがが、もし冬のシーンの募集があった場合には【冬服編】もやるかも知れません。
そのときは『素晴らしき日曜日』とか『仁義なき戦い』が候補になりそうです。
2週連続でお付き合いいただきありがとうございました。
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