老兵は死なず

今回はソニーのゲーム機:PlayStation3についての話です。
カテゴリー違いに当たるかも知れませんが、今回はあくまでもPS3のBD/DVDプレーヤー機能に関する話ですのでどうかご看過願います。

今から15年前の2008年春。
大阪の某AVショップが開催したビクター:DLA-HD750(私の先々代プロジェクター)視聴販売会に参加したときの話です。
そのとき、私はかねてから知りたかったことをビクターの担当者にぶつけてみました。
私「ビクターさんはプロジェクター開発時のリファレンスBDプレーヤーとして何を使っているんですか?。」
ビクター製プロジェクターの高性能に魅入られていた私としては、ビクターの技術者が何を基準に画作りを決めているのかを知りたかったのです。
もっとも、訊ねてみたところで「企業機密」と返答拒否されるか、仮に答えてくれたとしても「どうせ当時のソニーやパナソニックの最高級BDレコーダーだろう」と思っておりました。
ところが!。
その担当者は少し照れくさそうに両手の親指でぽちぽちとボタンを押す仕草をしながら「S社のPです」とだけ答えたのです。
次の瞬間、その場の参加者全員がどよめきました。
S社のP。
担当者が見せた独特な指の動き。
それはソニーのプレイステーション3以外に考えられません。
そして、そのことはPS3のBD/DVD再生能力が他社からも高く評価されていることを意味していました。
PS3は当時最強のスペックを備えたゲーム機であると同時に最も安価で高性能なBDプレーヤーでもあったのです。
そして、現在においてもDVDのアプコン再生性能はPS3の右に出る機器は無い!と私は断言します。
今回の記事はその理由を確たる技術的根拠に基づいて解説するものです。
【我が家のPS3事情】
2023年6月現在、我が家では2台のPS3が現役稼働中です。

一台はシアタールームに常設している中期型:CECH-2500Bです。
プロジェクターの大画面でゲームをすることはありませんが、起動が素早くて安定した性能を持つサブBD/DVDプレーヤーとして現在もよく使用しております。
購入したディスクの再生にはメインのDP-UB9000を使用しますが、レンタルBDや録画BD-Rの再生にはPS3を使うことのほうが多いです。

操作はゲームコントーローラーではなくAVリモコンで行っています。
このリモコンはゲームコントローラーと同じ無線式なのでいちいち本体に向ける必要がないので楽ちんです。

そしてもう一台は自室の液晶テレビに接続している初期型PS3:CECHA00。
PS2のゲームディスクも扱える本当の初期型です。

現在は上下に空冷ファンが取り付けられてまるでサイボーグみたいになってますが(笑)、これは初期型PS3の持病である熱暴走を防止するため、ある業者さんに依頼してオーバーホール&改造手術を施してもらったものです。
確か1万5千円ほどかかったと記憶していますが、サイボーグ化(笑)によって寿命が延びたなら安いものだと思ってます。
ちなみに初期型PS3の熱暴走は「Yellow Light of Death」というまるでホラー映画のタイトル(笑)みたいな名で呼ばれています。

私は「改造」と聞くと即『仮面ライダー』を連想してしまう世代なので、戻ってきたPS3にでっかい風車が付いているのを見た瞬間「改造といえばこうでなくっちゃ!」と思わず膝を打ってしまいました(笑)。
ただし、改造後はファンの回転音がけっこう五月蠅いのが難点です。

初期型PS3は「消費電力が多い」とか「Blu-rayのロスレス音声(Dolby True-HDやDTS MA)」をパススルー出力出来ない」といった難点を抱えていますが、それらのマイナス面も「PS2のゲームソフトも遊べる」というアドバンテージを覆すほどのものではなく、購入から16年経った現在もこうして現役で使用しております。
流石に今ではTVゲームで遊ぶという習慣は失いましたが、時々は格闘ゲームやシューティングゲームをプレイして脳や反射神経を刺激しております(笑)。

私が最初にPS3を購入したのは2007年の夏頃です。
それはゲーム機としてではなくブルーレイプレーヤーとしての使用が目的でした。
当時はまだブルーレイが登場して間もない頃であり、再生専用プレーヤーは数機種しか発売されていませんでした。
そのため、ブルーレイソフトの再生にはBDレコーダーを使うしかありませんでした。
その後ようやく発売された専用プレーヤーも17~20万円もする高級機ばかり。
そんな中で登場したのが、”たった”5~6万円で買えるBDプレーヤー付きゲーム機・・・というよりゲームも遊べるBDプレーヤー:プレイステーション3だったのです。
その後、ファームウェア1.80からはブルーレイの24P再生が出来るようになりました。
元々秒間24コマで収録されている映画ブルーレイソフトを、余計なフレームレート変換を通すことなくクリアな画質とスムーズな動きで見られるようにするものです。
24P出力対応は当時のブルーレイ専用プレーヤーにもまだほとんど搭載されておらず、PS3が搭載第1号だったと記憶しています。
当時の私は24P再生対応のテレビを持っていなかったため宝の持ち腐れ状態でしたが、その後すぐ24P再生対応プロジェクター(ビクター:DLA-HD1)を導入したことでその性能をフルに活かせるようになりました。
また、24P出力対応と同時に高性能なビデオアップコンバート機能も付加されて、画素数が少ないDVDをハイビジョンテレビでもボケの少ないスッキリした画質で見られるようになりました。
このPS3のDVDアップコンバート機能は、当時のあらゆる高級プレーヤーを軽く凌駕するほど秀逸なものでした。
(注:DVDの解像度がブルーレイ並みに向上するわけではなく、あくまで「画質劣化が少ない」という話です。)
【PS3のDVDアップコンバート機能】

「DVDアップコンバート機能」は現在のBDプレーヤーには当たり前に付いている機能ですが、PS3のそれには現在でも他機種とは一線を画す独自のモードが備わっています。

こちらはPS3取扱説明書のビデオ設定/アップコンバートの項目です。
選択肢として「切」「2倍」「ノーマル」「フル」の4項目が並んでいます。
普通は「ノーマル」を選んでおけば問題ありません。
たったそれだけで、他社の超高級DVDプレーヤーと同レベルの高画質が手に入ります。
(「切」は論外です。せっかくのアプコン機能を使わない理由はありませんから。)

しかし、私が常用しているのは2番目にある「2倍」というモードです。
その名のとおりDVDの画素数を縦横とも単純の2倍化するだけのものですが、実はこれこそが液晶テレビやプロジェクターでDVDを最も綺麗に見られるモードなのです。

DVDの収録解像度は最大720x480ドットです。
ブラウン管TVの時代は、これをアスペクト4:3の場合は640x480ドットに、16:9の場合は853x480ドットにそれぞれ変換して出力していました。
DVDが登場した1990年代後半のブラウン管は多種多様な解像度に自動追従できる性能を有していたため、余程の旧型か安物でない限り問題なく再生することが出来ました。
しかし、液晶テレビやプラズマテレビの時代になって事情は大きく変わります。
昔のブラウン管テレビと違って液晶やプラズマパネルの画素数は1920x1080ドット(フルHD)か1366x768ドットに固定されているからです。
(そのため「固定画素テレビ」と呼ばれます)
例えば、1920x1080ドットのパネルに同じ1920x1080ドットのブルーレイ映像をそのまま映せば画素変換は必要ありませんから非常に高画質です。
これが「ドット・バイ・ドット」です。
ところが、液晶テレビの出始めの頃には「液晶テレビでDVDを見ると酷く汚い」という苦情が多く寄せられるようになりました。
それもそのはずです。
フルHDの縦解像度が1080ドットであるのに対し、DVDの縦解像度はわずか480ドットしかありません。
映像を面積比で4倍以上に無理矢理拡大しているわけですから、ブラウン管の頃ような画質は望むべくもありません。
しかも!。
(ここが大事な点です)
縦の倍率を単純計算すると1080÷480=2.25。
つまり、PS3の「ノーマル」モードや一般のDVDプレーヤーでフルHDテレビに映し出したとき、DVDの映像は縦に2.25倍に引き伸ばされているということです。
映像を構成する画素を整数倍ではなく2.25倍に引き延ばす・・・?。
それは非常に複雑な映像処理を必要とすることを意味します。
つまり、安物プレーヤーのお粗末な画素変換機能では2.25倍のうちの0.25という端数部分が処理し切れず、それがノイズとなって画質を劣化させてしまうのです。
分かり易くパソコン画面で例えてみましょう。

パソコン解像度1920x1080ドットの映像を同じ1920x1080ドットのフルHDモニターに映すとこのようにクリアに見えます。
これが「ドット・バイ・ドット」と呼ばれる映像表示です。

しかし、パソコン解像度を1280X720ドットなどに低く設定した状態でフルHDモニターに拡大表示すると、このように細かな文字やカーソルがボケて見えます。
DVD映像のアップコンバートもこれと同じ理屈なのです。


こちらは画質調整用DVDソフト「HiVi CAST」に収録されている解像度チャートです。
液晶テレビの画面をデジカメで撮ったものなのでぱっと見だけでは分かりにくいかも知れませんが、2倍モードのほうが細部の潰れが少なくてスッキリしていることが感じ取れると思います。
(サムネイルをクリックするとオリジナルサイズでご覧いただけます)
この違いは映像がシンプルなアニメだとよく分かります。
また、画面が大きくなればなるほどその差は顕著です。
実写映像の場合は差が分かりにくいのですが、例えば雨のシーンでは細い雨の線がノイズで潰れてしまい雨の量が少なく見えることが多々あります。
PS3はDVDの映像画素を単純に縦横2倍にすることでノイズの少ないドット・バイ・ドット再生を実現させました。
ただし、このシンプル・イズ・ベストな2倍モードにも一つだけ欠点があります。

通常のBD/DVDプレーヤーやPS3のノーマルモードでDVDの映像をフルHDモニターに表示するとこのように画面いっぱいに映し出されます。
しかし、PS3の2倍モードでアプコンしたDVD映像は・・・

こうなります。
16:9のDVD映像(853X480ドット)を単純に縦横2倍化すると1706x960ドットになります。
しかし、2倍モード時のPS3はそれを1920x1080ドットの画面内に収めなければならないため、周囲を黒味で囲んで額縁画面にしてしまうのです。
せっかくDVDの映像を劣化最小限でアップコンバート出来てもこのままでは迫力に欠けてしまいます。
しかし、これをプロジェクターでスクリーンに映し出す場合は何も問題ありません。
なぜなら、プロジェクターは高品質なレンズによる光学ズームで画面いっぱいに拡大することが出来るからです。
光学レンズによる拡大なので(明るさは若干落ちますが)、電気的処理を経ることによる画質劣化は生じません。
【PS4では駄目なのか?】

「PS4やPS5のDVDアプコンだってPS3と同じかそれ以上だぞ。」
確かにそんな声も聞こえてきます。
しかし、(PS5は知りませんが)PS4では駄目なのです。
実は私も中古で買ったPS4Proを持っています。
「後継機なんおだから当然PS3の全機能は継承しているはず」と思っておりました。
ところが!。
どういうわけかPS4には肝心の「2倍アプコン」機能が削除されていました。
そればかりか、過去のPS1/2/3ゲームディスクとの下位互換もゼロ!。
現在はリビングの古いテレビに繋いでBDプレーヤー兼VOD視聴専用機になっていますが、使う機会が少ないのでオークション行きになりそうです。
【私がまだまだDVDにこだわる理由】
DVDよりもブレーレイのほうが圧倒的に高画質であることは間違いありません。
それでも、DVDでしか見られないブルーレイ未発売作品がまだまだ数多いこともまた事実です。
その原因の大半は版権問題によるものですが、ネガフィルムを紛失・破損してしまったためハイビジョンテレシネが出来なくなっているという不幸な作品も多いようです。
その他、(ごく稀にですが)ハイビジョンテレシネの出来が悪過ぎてDVD版のほうがよっぽど見易いというおかしな事例もあります。

オリジナル公開バージョンの発売を望むファンを完全無視して、改訂版のブルーレイやDVDしか出さない権利者もいます。
その最たるものがジョージ・ルーカスの『スター・ウォーズ』オリジナル三部作です。
『スター・ウォーズ』はBDも4K-UHD BDも既に発売されていますが、それらに収録されているのは'90年代後半にCG加工と追加撮影を加えて大幅に改竄した<特別篇>です。
初公開当時からのファンにしてみれば'78年から'83年にかけて劇場公開されたオリジナル版が見たいのに、ルーカスは「技術的に未熟だったから」とオリジナル公開版を無かったことにして全てのパッケージソフトを<特別編>に置き換えてしまいました。

現在オリジナル公開版『スター・ウォーズ』三部作を見られるのは、「リミテッド・エディションDVD」(現在は廃盤)の特典ディスクしかありません。

しかも、4:3のレターボックスという更なる嫌がらせとしか思えない低解像度仕様にされています。
それでも、私のようにオリジナル版への拘りを捨てきれない者はこのDVDを手放すことは出来ないのです。
【DVDアプコンの歴史】
ここから先はDVDアプコンに関する蘊蓄コーナーです。
専門用語を容赦なく連発してますので、基礎知識と興味がある方だけお付き合いください。

そもそも、DVDはブラウン管TVの時代に誕生した規格です。
当時のブラウン管は多種多様の解像度に自動追従出来る性能を持っていたため、初期のDVDプレーヤーには画素変換技術など必要ありませんでした。

ところが、時代が液晶テレビ&プラズマテレビに変わったことで事情は大きく変わります。
液晶テレビやプラズマテレビは固定画素テレビとも呼ばれていて、表示する画素数が1920x1080(フルHD)や1366x768(HD)などに固定されています。
そのため、DVDやアナログ放送の映像信号(480i)をテレビかプレーヤー/レコーダーのどこかの段階でハイビジョン解像度にアップコンバートする必要が生じました。
しかし、前述したように安物のDVDプレーヤーでは複雑なアップコンバートが出来ないため、「ハイビジョンテレビでDVDを見ると画質が悪い」という悪評が立ってしまったのです。

それからというもの、最高級クラスのDVDプレーヤーには各社ご自慢のアップコンバート回路が装備されるようになり、その性能差がそのままプレーヤーごとの画質差となりました。
当時の高級DVDプレーヤーには画素変換チップに海外の優れた製品を奢ったものが多かったです。
ファロージャ社の「DCDi」、シリコンオプティクス社の「HQV」や「REALTA」、アンカーベイテクノロジーの「DVDO」などが有名で、これらを搭載したDVDプレーヤーは確かに画質が良かったです。
ただし、そのどれもが20万円を軽く越える値段でしたが・・・(汗)。
例えばこのHQVの資料を見てみると・・・

安物DVDプレーヤーでは、このように斜めの直線がギザギザ状態になってしまいます。

また、カメラが横に動く場面では観客席部分の細かい部分にモアレが発生します。

一方、こちらは優秀な変換チップ(HQV)を搭載したプレーヤーで再生した映像です。
どの角度でも斜めの線がなめらかに表示されていることが分かります。
もちろん完全な直線にはなりませんが、動画であれば気にならない範疇です。

実景映像でもこの通り観客席にモアレは発生しません。
こうしたノイズの有無によって見る者の没入度が大きく違ってくるのです。
【老兵は死なず】

高額な投資をしなければ解決出来なかったDVDアップコンバート再生の問題を、たった4~5万円(初期価格)であっさり解決してくれたPS3。
しかしPS3の生産はすでに終了し、メンテナンスや修理などアフターサービスも全て打ち切られています。
私としては現在持っている正常動作品を大切に使っていくしかないわけですが、壊れたときのことを考えて今のうちに状態の良いPS3をもう一台確保しておくことも考えています。
もちろん、PS4やPS5、あるいはBD/DVDプレーヤーにも「2倍アップコンバート」機能を付けてくればそれが一番なのですがね。
今回の記事は久し振りに「映像学科」というブログタイトルに合う内容だった気がします(笑)。
長文に最後までお付き合いいただきありがとうございました。
<(_ _)>