週刊映画鑑賞記(2023.7/24~2023.7/30)
CATEGORY週刊映画鑑賞記
トガジンです。
毎週日曜日はこの一週間に観た映像作品を日記代わりに書き留めています。

今週はこの3本。
ポスターは2枚ですが『東京2020オリンピック』は2部に分かれているので実質3本としています。
『東京2020オリンピック』の記事はSIDE:AとSIDE:Bをひとまとめにして書いてます。
7/24(月)
『オルカ』
(ホームシアター:WOWOW録画)

1977年7月日本公開となってはいますが、実は当時福井では上映はされませんでした。
本屋で立ち読みした「ロードショー」や「スクリーン」などの映画雑誌で紹介されているのを見て「どうせ『ジョーズ』の二番煎じだろ。」と友達とバカにし合ったことでタイトルだけは覚えていましたが、どういうわけか夏休みになっても一向に上映されることはなかったのです。
そのとき私は「福井はド田舎だから映画館の数が少なくて上映されないんだろう。」と思っていたんですが、同じ映画・アニメ好きの親友は全く違う解釈をしていました。
「たぶん、海でシャチ(オルカ)が人間を襲う映画を夏休みに上映したら海水浴客に悪い影響が出るからじゃないか?。」
なるほど!。
彼は同じ町内でも海岸沿いに住んでいたので中学生の時からそういう発想が出来たのです。
「へぇ~、コイツ意外に賢いな~。」と妙な感心をしたことを覚えています(笑)。
結局福井の映画館で上映されたかどうかは知りませんが、私が『オルカ』を最たのはTV放映でした。
上映時間(1時間半)から考えておそらくノーカットだったと思いますが、今回WOWOW放映で見るまで内容はおろかTVで見たこと自体忘れておりました(汗)。

「あ?、これ見たことある!」と気付いたのは、美人の女性海洋学者が登場したときでした(笑)。
TVで見たのは中3の時で、当時は松本零士先生の『銀河鉄道999』映画化が大きな話題になっていました。
そんな時このクールな感じの女優さんを見て「『999』を実写で作るとしたらメーテル役にはこの人がいいんじゃないか?。」と考えながら見ていたことを思い出したのです。
このシャーロット・ランプリングさんが、あの『愛の嵐』の上半身裸にサスペンダー姿の女の子だったと知ったのは随分後になってからのことでした。

もう一人、短いホットパンツ姿で美脚を披露して男性の目を楽しませてくれたアシスタント役の可愛い女優さん。
彼女は、その後有名映画監督と結婚して旦那の映画に主演したことで一時期話題をさらったボー・デレクさんでした。
駆け出し時代(もしかするとデビュー作?)の映画ではありますが、その美貌と美脚は後年のブレイクを十分予測し得るほど男好きするものでした。

オルカに襲われた彼女が一瞬開脚状態になったとき、思わず身を乗り出して画面を凝視したことは言うまでもありません。
リビドー全開だった中3時代の自分を微笑ましく思い出します(笑)。
結局女優さんのことしか覚えていなかった・・・という映画でした(笑)。

今回、映画の中で「シャチ」と「オルカ」の二つの呼び方が混在していたのが気になって少し調べてみました。
正式な学名は「Orcinus orca」。
直訳すると「冥界の魔物」という縁起でもない名前が与えられています。
この映画のタイトルは、学名のorca(魔物)の部分を取ったものです。
一方の「シャチ」という呼び名はシャチホコの鯱を元とする日本語名です。
NHKの動物番組(『ダーウィンが来た』等)やナショナルジオグラフィックなどでは「シャチ」と呼ぶ(訳される)ことが多いです。
本来はとても賢く社会性を持つ生き物ですが、この映画は人間の無思慮で欲にまみれた行為(妊娠中のメスを捕獲して母子とも死なせてしまう)がオスのシャチを狂暴な魔物(オルカ)にしてしまったという意味で二つの名前を使い分けたのだと思います。
7/27(木)
『東京2020オリンピック SIDE:A 』🈠
(ホームシアター:WOWOW録画)
&
7/28(金)
『東京2020オリンピック SIDE:B 』🈠
(ホームシアター:WOWOW録画)

大会自体と同じくらい物議を醸した東京2020オリンピックの記録映画です。
先日WOWOWで放送されていたのを前後編(SIDE:A/B)を2日続けて見てました。

実を言うと、私は東京2020オリンピックには全くと言っていいほど関心がありませんでした。
東京開催決定直後のロゴマーク盗作事件。
IOCバッハ会長とコーツ副会長のほとんど脅みたいな開催強要。
女性差別発言への批難を受けて開催半年前に辞任した森会長。
障碍者に酷いいじめをしていたことが発覚して解雇された開会式の音楽監督:小山田圭吾。
・・・等々、開会に至るまでとにかく気分が盛り下がるばかりの醜聞続きでしたから。

何より問題だったのは、あの567ウィルス感染拡大がピークに達したあの時期に強行開催したこと。
誰かオリンピック関係者たちに「勇気ある撤退」という言葉を教えてあげるべきでした。
(もっとも、お金第一で動く連中にそんな言葉は届かないと思いますけど。)
あの大会に向けて頑張ってきたアスリートたちには申し訳ないですが、私は「あれは国家的無駄遣いでしかなかった」と今でもそう思ってます。

そもそも、酷暑となることが分かっている真夏に開催すること自体が理不尽です。
「昔(’64年)のオリンピックと同じ10月開催でいいじゃないか」と国民のほとんどがそう思ったはずです。
そして、真夏の開催を強行した理由がIOCとTV放映権を持つ米国TV局のエゴに屈したためだと知った時、私はこのオリンピックに対する興味を失いました。
要はカネのためだったのです。

僅かな例外として、同郷の選手たち(フェンシングの見延選手や佐藤選手・バドミントンの山口茜選手など)と、白血病から奇跡の復活を果たした水泳の池江璃花子選手だけは素直に応援しておりました。
でも、積極的に見たのはそれだけで、他の競技については自発的に見たいとは一切思わなかったです。

その東京2020オリンピックの記録映画がWOWOWで放映されました。
最初見るつもりは無かったのですけど、「冒頭だけ」と思って見始めたらいつの間にか止めるタイミングを失っていて結局SIDE:Aを最後まで見てしまいました。

時間軸に縛られることなく、競技やアスリートをシャッフルして見せる編集技法にまんまと乗せられました(笑)。
内容も、市川崑監督の『東京オリンピック』(1964年)と同様日本選手の活躍や記録に固執することなく、世界各国の選手たちのそれぞれの立場やオリンピックに賭ける強い想いを前面に押し出していてなかなか見応えありました。

そして「この画が無ければ意味が無い」というくらい大事な<観客が居ない観覧席>の画を隠すことなく何度も強調して描いています。
これがあの『東京2020オリンピック』を最も象徴するショットです。
この画を出さないようなら即刻見るのを止めるつもりでいました。
(ポスターも無観客を強調するためにあえて不自然なレイアウトになっています)

反対運動する人たちの姿もきちんと盛り込んでいることにも安心しました。
安心・・・と言い方は変かも知れませんが、この映画が政府や実行委員会に忖度しない本気の記録映画になっていると感じたからです。

ただ、その反対派の人たちというのが同じ日本人として恥ずかしくなるくらい頭の悪い連中ばかりでゲンナリします。
せっかくバッハ会長と直接話をするチャンスに恵まれたというのに、リーダー格のおばちゃんは感情的に「中止しろ!」と怒鳴るばかりで冷静に対話しようとはしません。
IOCに対して良い印象を持っていなかった私も、このときばかりはバッハ会長の大人対応に感心しました。

7年前、福井の高浜原発3号機が再起動したとき仕事(取材)で現地へ行ったことがあるのですが、あのときもこんな風に「反対!」を唱える集団が大勢いて「原発反対!再稼働やめろ!」と原発近くの道路で大声を張り上げていました。
その中にはポンポコポンポコ太鼓を叩いて音頭を取っているおっさんや、ゴジラのコスプレをしてヘラヘラ笑いながらシュプレヒコールしている奴もいて、とてもじゃないが本気で原発再稼働を止めさせようとしているようには見えなかったです。
先日福井では老朽化した高浜原発が再稼働されましたが、おそらくその時もこのような連中が高浜原発周辺に集まって「原発反対!再稼働やめろ!」と騒ぎ立てるのだろうと思います。
誤解しないでいただきたいのですが、老朽化した原発を無理矢理動かすことには私も絶対反対の立場です。
ここで私が言いたいのは、再稼働やオリンピックが既に行われている門前でいくら「反対!」と叫んでも無意味だということです。
あの連中は、何かを理由に「反対!反対!ワッショイ!ワッショイ!」とドンチャン騒ぎすることを楽しんでいるようにしか思えません。

内容面で残念だったのは、海外選手にばかりスポットを当てていて日本選手の描写が少ないことです。
日本国民全員が応援していたであろうあの池江璃花子選手さえ1秒も映っていません。
しかし、これには理由がありました。
大会関係者が例のウィルス感染に神経質になり過ぎていて、たとえオフィシャル記録映画の撮影といえども選手たちには一切近づけさせなかったからです。
これは運営サイドと広報サイドの連携が取れていなかったということであり、こうした面からも開会に至るまでのドタバタぶりが伺えます。

そしてもう一点残念に思った事。
それは画面サイズがTV放送と同じハイビジョンサイズだったことです。
現在私たちは、オリンピックに限らずあらゆるスポーツの中継やニュース映像を16:9のハイビジョンテレビで見ています。
つまり、このサイズで見るスポーツ映像は私たちの日常において見慣れたものになってしまっているのです。
そのためこの映画からは画的な新鮮味や非日常性といったものを感じることが出来ませんでした。

私は先日『相撲道〜サムライを継ぐ者たち〜』というドキュメンタリーを観たばかりなのですが、『相撲道』はシネマスコープサイズで撮影されていました。
それによってテレビで見る相撲中継とは全く別の世界観を生み出していて、普通の人々の生活とは全く違う相撲界という世界を特別なものとして見せてくれました。

その点、この『東京2020オリンピック SIDE:A/B』には『相撲道』にあった映画的興奮が全く感じられません。
まるでTVのドキュメンタリー番組を見ているかのようです。
予算的問題や組織のバックアップが無きに等しかったという不遇があったとお察ししますが、無理をしてでもこの映画はシネマスコープサイズで作るべきだったと思います。

その点を補うためか、後から追加撮影されたであろうインタビュー映像は「これでもか!」というくらい相手の顔を超どアップで撮っていました。
でも、ただでさえ顔が大きい山下泰裕さん(柔道連盟会長)をこのサイズで見せられても困ってしまいますね(笑)。

満足度より物足りなさのほうが多い作品でしたが、時折挿入される意味不明なイメージ映像の少女が可愛かったのでまあ良しといたしましょう(爆)。

お次は再来年の関西万博です。
でも、今の状況を見ていると一体どうなることやら・・・。
大阪は私にとって大学時代も含め人生の約3分の1を過ごした「第2の故郷」だと思っています。
55年前と同じとはいかないまでも、なんとか成功させていただきたいです。
今週もお付き合いいただきありがとうございました。
毎週日曜日はこの一週間に観た映像作品を日記代わりに書き留めています。

今週はこの3本。
ポスターは2枚ですが『東京2020オリンピック』は2部に分かれているので実質3本としています。
『東京2020オリンピック』の記事はSIDE:AとSIDE:Bをひとまとめにして書いてます。
7/24(月)
『オルカ』
(ホームシアター:WOWOW録画)

1977年7月日本公開となってはいますが、実は当時福井では上映はされませんでした。
本屋で立ち読みした「ロードショー」や「スクリーン」などの映画雑誌で紹介されているのを見て「どうせ『ジョーズ』の二番煎じだろ。」と友達とバカにし合ったことでタイトルだけは覚えていましたが、どういうわけか夏休みになっても一向に上映されることはなかったのです。
そのとき私は「福井はド田舎だから映画館の数が少なくて上映されないんだろう。」と思っていたんですが、同じ映画・アニメ好きの親友は全く違う解釈をしていました。
「たぶん、海でシャチ(オルカ)が人間を襲う映画を夏休みに上映したら海水浴客に悪い影響が出るからじゃないか?。」
なるほど!。
彼は同じ町内でも海岸沿いに住んでいたので中学生の時からそういう発想が出来たのです。
「へぇ~、コイツ意外に賢いな~。」と妙な感心をしたことを覚えています(笑)。
結局福井の映画館で上映されたかどうかは知りませんが、私が『オルカ』を最たのはTV放映でした。
上映時間(1時間半)から考えておそらくノーカットだったと思いますが、今回WOWOW放映で見るまで内容はおろかTVで見たこと自体忘れておりました(汗)。

「あ?、これ見たことある!」と気付いたのは、美人の女性海洋学者が登場したときでした(笑)。
TVで見たのは中3の時で、当時は松本零士先生の『銀河鉄道999』映画化が大きな話題になっていました。
そんな時このクールな感じの女優さんを見て「『999』を実写で作るとしたらメーテル役にはこの人がいいんじゃないか?。」と考えながら見ていたことを思い出したのです。
このシャーロット・ランプリングさんが、あの『愛の嵐』の上半身裸にサスペンダー姿の女の子だったと知ったのは随分後になってからのことでした。

もう一人、短いホットパンツ姿で美脚を披露して男性の目を楽しませてくれたアシスタント役の可愛い女優さん。
彼女は、その後有名映画監督と結婚して旦那の映画に主演したことで一時期話題をさらったボー・デレクさんでした。
駆け出し時代(もしかするとデビュー作?)の映画ではありますが、その美貌と美脚は後年のブレイクを十分予測し得るほど男好きするものでした。

オルカに襲われた彼女が一瞬開脚状態になったとき、思わず身を乗り出して画面を凝視したことは言うまでもありません。
リビドー全開だった中3時代の自分を微笑ましく思い出します(笑)。
結局女優さんのことしか覚えていなかった・・・という映画でした(笑)。

今回、映画の中で「シャチ」と「オルカ」の二つの呼び方が混在していたのが気になって少し調べてみました。
正式な学名は「Orcinus orca」。
直訳すると「冥界の魔物」という縁起でもない名前が与えられています。
この映画のタイトルは、学名のorca(魔物)の部分を取ったものです。
一方の「シャチ」という呼び名はシャチホコの鯱を元とする日本語名です。
NHKの動物番組(『ダーウィンが来た』等)やナショナルジオグラフィックなどでは「シャチ」と呼ぶ(訳される)ことが多いです。
本来はとても賢く社会性を持つ生き物ですが、この映画は人間の無思慮で欲にまみれた行為(妊娠中のメスを捕獲して母子とも死なせてしまう)がオスのシャチを狂暴な魔物(オルカ)にしてしまったという意味で二つの名前を使い分けたのだと思います。
7/27(木)
『東京2020オリンピック SIDE:A 』🈠
(ホームシアター:WOWOW録画)
&
7/28(金)
『東京2020オリンピック SIDE:B 』🈠
(ホームシアター:WOWOW録画)

大会自体と同じくらい物議を醸した東京2020オリンピックの記録映画です。
先日WOWOWで放送されていたのを前後編(SIDE:A/B)を2日続けて見てました。

実を言うと、私は東京2020オリンピックには全くと言っていいほど関心がありませんでした。
東京開催決定直後のロゴマーク盗作事件。
IOCバッハ会長とコーツ副会長のほとんど脅みたいな開催強要。
女性差別発言への批難を受けて開催半年前に辞任した森会長。
障碍者に酷いいじめをしていたことが発覚して解雇された開会式の音楽監督:小山田圭吾。
・・・等々、開会に至るまでとにかく気分が盛り下がるばかりの醜聞続きでしたから。

何より問題だったのは、あの567ウィルス感染拡大がピークに達したあの時期に強行開催したこと。
誰かオリンピック関係者たちに「勇気ある撤退」という言葉を教えてあげるべきでした。
(もっとも、お金第一で動く連中にそんな言葉は届かないと思いますけど。)
あの大会に向けて頑張ってきたアスリートたちには申し訳ないですが、私は「あれは国家的無駄遣いでしかなかった」と今でもそう思ってます。

そもそも、酷暑となることが分かっている真夏に開催すること自体が理不尽です。
「昔(’64年)のオリンピックと同じ10月開催でいいじゃないか」と国民のほとんどがそう思ったはずです。
そして、真夏の開催を強行した理由がIOCとTV放映権を持つ米国TV局のエゴに屈したためだと知った時、私はこのオリンピックに対する興味を失いました。
要はカネのためだったのです。

僅かな例外として、同郷の選手たち(フェンシングの見延選手や佐藤選手・バドミントンの山口茜選手など)と、白血病から奇跡の復活を果たした水泳の池江璃花子選手だけは素直に応援しておりました。
でも、積極的に見たのはそれだけで、他の競技については自発的に見たいとは一切思わなかったです。

その東京2020オリンピックの記録映画がWOWOWで放映されました。
最初見るつもりは無かったのですけど、「冒頭だけ」と思って見始めたらいつの間にか止めるタイミングを失っていて結局SIDE:Aを最後まで見てしまいました。

時間軸に縛られることなく、競技やアスリートをシャッフルして見せる編集技法にまんまと乗せられました(笑)。
内容も、市川崑監督の『東京オリンピック』(1964年)と同様日本選手の活躍や記録に固執することなく、世界各国の選手たちのそれぞれの立場やオリンピックに賭ける強い想いを前面に押し出していてなかなか見応えありました。

そして「この画が無ければ意味が無い」というくらい大事な<観客が居ない観覧席>の画を隠すことなく何度も強調して描いています。
これがあの『東京2020オリンピック』を最も象徴するショットです。
この画を出さないようなら即刻見るのを止めるつもりでいました。
(ポスターも無観客を強調するためにあえて不自然なレイアウトになっています)

反対運動する人たちの姿もきちんと盛り込んでいることにも安心しました。
安心・・・と言い方は変かも知れませんが、この映画が政府や実行委員会に忖度しない本気の記録映画になっていると感じたからです。


ただ、その反対派の人たちというのが同じ日本人として恥ずかしくなるくらい頭の悪い連中ばかりでゲンナリします。
せっかくバッハ会長と直接話をするチャンスに恵まれたというのに、リーダー格のおばちゃんは感情的に「中止しろ!」と怒鳴るばかりで冷静に対話しようとはしません。
IOCに対して良い印象を持っていなかった私も、このときばかりはバッハ会長の大人対応に感心しました。

7年前、福井の高浜原発3号機が再起動したとき仕事(取材)で現地へ行ったことがあるのですが、あのときもこんな風に「反対!」を唱える集団が大勢いて「原発反対!再稼働やめろ!」と原発近くの道路で大声を張り上げていました。
その中にはポンポコポンポコ太鼓を叩いて音頭を取っているおっさんや、ゴジラのコスプレをしてヘラヘラ笑いながらシュプレヒコールしている奴もいて、とてもじゃないが本気で原発再稼働を止めさせようとしているようには見えなかったです。
先日福井では老朽化した高浜原発が再稼働されましたが、おそらくその時もこのような連中が高浜原発周辺に集まって「原発反対!再稼働やめろ!」と騒ぎ立てるのだろうと思います。
誤解しないでいただきたいのですが、老朽化した原発を無理矢理動かすことには私も絶対反対の立場です。
ここで私が言いたいのは、再稼働やオリンピックが既に行われている門前でいくら「反対!」と叫んでも無意味だということです。
あの連中は、何かを理由に「反対!反対!ワッショイ!ワッショイ!」とドンチャン騒ぎすることを楽しんでいるようにしか思えません。

内容面で残念だったのは、海外選手にばかりスポットを当てていて日本選手の描写が少ないことです。
日本国民全員が応援していたであろうあの池江璃花子選手さえ1秒も映っていません。
しかし、これには理由がありました。
大会関係者が例のウィルス感染に神経質になり過ぎていて、たとえオフィシャル記録映画の撮影といえども選手たちには一切近づけさせなかったからです。
これは運営サイドと広報サイドの連携が取れていなかったということであり、こうした面からも開会に至るまでのドタバタぶりが伺えます。

そしてもう一点残念に思った事。
それは画面サイズがTV放送と同じハイビジョンサイズだったことです。
現在私たちは、オリンピックに限らずあらゆるスポーツの中継やニュース映像を16:9のハイビジョンテレビで見ています。
つまり、このサイズで見るスポーツ映像は私たちの日常において見慣れたものになってしまっているのです。
そのためこの映画からは画的な新鮮味や非日常性といったものを感じることが出来ませんでした。

私は先日『相撲道〜サムライを継ぐ者たち〜』というドキュメンタリーを観たばかりなのですが、『相撲道』はシネマスコープサイズで撮影されていました。
それによってテレビで見る相撲中継とは全く別の世界観を生み出していて、普通の人々の生活とは全く違う相撲界という世界を特別なものとして見せてくれました。

その点、この『東京2020オリンピック SIDE:A/B』には『相撲道』にあった映画的興奮が全く感じられません。
まるでTVのドキュメンタリー番組を見ているかのようです。
予算的問題や組織のバックアップが無きに等しかったという不遇があったとお察ししますが、無理をしてでもこの映画はシネマスコープサイズで作るべきだったと思います。

その点を補うためか、後から追加撮影されたであろうインタビュー映像は「これでもか!」というくらい相手の顔を超どアップで撮っていました。
でも、ただでさえ顔が大きい山下泰裕さん(柔道連盟会長)をこのサイズで見せられても困ってしまいますね(笑)。

満足度より物足りなさのほうが多い作品でしたが、時折挿入される意味不明なイメージ映像の少女が可愛かったのでまあ良しといたしましょう(爆)。

お次は再来年の関西万博です。
でも、今の状況を見ていると一体どうなることやら・・・。
大阪は私にとって大学時代も含め人生の約3分の1を過ごした「第2の故郷」だと思っています。
55年前と同じとはいかないまでも、なんとか成功させていただきたいです。
今週もお付き合いいただきありがとうございました。
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