週刊映画鑑賞記(2023.8/14~2023.8/20)
CATEGORY週刊映画鑑賞記
トガジンです。
毎週日曜日はこの一週間に観た映像作品を日記代わりに書き留めています。
毎年お盆前後には太平洋戦争もの映画とNHKの戦争ドキュメンタリーを見るのが恒例になっています。
今年は長編映画を1本と、NHKの戦争ドキュメンタリーを6本見てました。
8/15(火)
『あゝ決戦航空隊』🈠
(ホームシアター:日本映画+時代劇4K録画)

お盆のこの日、親戚一家が慌ただしく都会へと帰っていったあと、3時間越えの大長編戦争映画を見ておりました。

主人公は「神風特別攻撃隊」の創始者とされる海軍軍令部次長:大西瀧治郎(演:鶴田浩二)です。
しかし、この映画の大西は兵士の命を軽視する軍の風潮には批判的な人物として描かれています。
冒頭ではアメリカの捕虜となって生還した兵士たちを抹殺しようとする上層部に反論する場面もありました。

実はこの大西瀧治郎中将は、岡本喜八監督の『日本のいちばん長い日』にも登場しています。
ただし、『あゝ決戦航空隊』とは真逆の人物設定でした。
ポツダム宣言受諾を決定した鈴木内閣の東郷外相に対し、見苦しく徹底抗戦を訴えていたあの将校です。
大西「外相、もうあと二千万、二千万の特攻を出せば日本は必ず、必ず勝てます。」
東郷「大西さん、勝つか負けるかはもう問題ではないのです。日本の国民を生かすか殺すか、いずれか一つの・・・」
大西「いや、もうあと二千万、日本の男子の半分を特攻に出す覚悟で戦えば!」
『日本のいちばん長い日』では大西の真意が全く描かれなかったため<人命軽視も甚だしいおバカな徹底抗戦派>にしか見えませんでした。
正直言いますと、私はあの『日本のいちばん長い日』のイメージが強過ぎて、当初は『あゝ決戦航空隊』で描かれる大西中将の人間性が美化され過ぎでウソ臭く思いながら見ておりました。

実際の大西は日中戦争時代から豪胆さと論理性を兼ね備えたパイロットとして部下たちから慕われていました。
しかし、軍上層部は大西の人望と人脈の広さを見込んで「戦闘機に爆弾を積んで体当たりする特別攻撃」を提案します。
(つまり、実際には特攻隊の創始者は大西ではなかったということです。)
大西が自ら手塩にかけて育てた海軍飛行隊にその旨を伝えると、血気盛んな若いパイロットたちは「我こそは!」と志願して出撃していきます。

しかし、大西本人は彼らを見送った後「特攻なんて・・・あんなものは統率の外道だよ。」と哀し気にうなだれます。
大勢の若者たちを死地に送ったことに苦悩し、そして、せめて彼らが残した戦果を正確に報道するよう部下に厳命します。
大西瀧治郎という人が実際にこんな人だったのかどうかは分かりません。
それは監督や脚本家の想像や思い入れによって作られた虚像かも知れませんし、もしかすると『日本のいちばん長い日』で描かれた好戦的な大西のイメージに対するアンチテーゼでしかなかったかも知れません。
それでも、鶴田浩二さんが熱演した大西瀧治郎はとても魅力的な人物像でした。

その大西が、ポツダム宣言受諾の可否を決する御前会議の直前、上司である海軍大臣に「特攻の数を2千万に増やしてでも徹底抗戦するべきだ。」と直訴します。
彼の真意は「国のために」と死んでいった若者たちの志を無にするような国家ならば生き残る価値はないという考え方でした。

この映画で私の中の大西瀧治郎という人のイメージが大きく変わりました。
「神風特攻隊の創立者」という呼び名は、実は切腹して果てた大西に全ての責任を押し付けようとした他の生き残り将校たちの策略だったのではないか?とさえ思います。

ただし、『あゝ決戦航空隊』が映画として良かったか?と問われれば答えは「否」です。
主人公ファーストな描き方なうえにテンポが一本調子のため約3時間20分(休憩込み)がひどく長く感じます。
最後の厚木基地の造反シーンなどは完全な蛇足でした。
特に渡瀬恒彦さんが演じた特攻くずれのパイロットが終戦後に出撃して自ら海に突っ込んで果てるシーンなどは、この物語の骨格を大きく歪ませるだけです。
こんなシーンを描く時間があるなら、大西が最期に望んだ生き残った若者たちの希望を描いて終わるべきでした。

大西中将を先見の明ある人格者として描きながらも、映画のそこかしこに軍国主義への懐古主義が垣間見えるいびつな作りです。
例えば・・・。
特攻兵が「お国のために」「愛する妻を守るため」と笑って出撃して行く。
「死にたくない」「怖い」などと泣いて逃げ出す者は一人も出てこない。
そして、終戦後は生き残った喜びより死に損ねた無念の気持ちのほうが勝ってしまう。
現代の私たちには到底理解し得ないこの異様な感覚は、軍国主義教育を受けて育ちながらも戦争に参加出来なかったかつての愛国少年たちの心の葛藤そのもののように思えます。

あと、気になる人物が出ていました。
大西中将の片腕として人材や資材の調達に腕を振るい、大西の自決現場にも居合わせたという児玉誉士夫(演:小林旭)です。
「児玉誉士夫って・・・どこかで聞いたような?。」と思って調べてみたら、なんとロッキード事件で日米双方の高官の橋渡し役として総理の汚職に手を貸したあの児玉誉士夫その人でした。

児玉は大西の後を追って自分も腹を切ろうとしますが、大西に制されてこれからの日本を見守ることを約束させられます。
しかし、実際の児玉はその後政界・経済界の黒幕となり、挙句の果ては汚職の片棒を担いで逃げ隠れ・・・。
大西中将も草葉の陰で嘆いていたことでしょう。
ちなみに、ロッキード事件が明るみになったのはこの映画の公開から2年後です。
もし制作されるのが2年遅かったら児玉は登場しなかったでしょう。
そういう意味でも昭和という時代をガッチリ掴んでいた映画でした。
今週観た映画作品は『あゝ決戦航空隊』のみです。
その代わりと言っては何ですが、毎年この時期に数多く放送されるNHKの戦争ドキュメンタリーを見ることに時間を割いておりました。
全部で6本ほど見ましたが、特に見応えがあったのは下記の3作品です。
『新・ドキュメント太平洋戦争 1943』(前後編)

戦時下を生きた兵士や市民の日記を元に、個人の視点から太平洋戦争を描いたドキュメンタリーです。
日記に書かれた正直な言葉と当時者が描いたイラストを見ていて、ふとアニメ『この世界の片隅に』を思い起こしていました。
来年は同じ手法で1944年を描くのだろうと思いますが、当事者やご遺族がご存命のうちに可能な限りあの戦争の証言を残していただきたいと思います。
『戦い、そして死んでいく ~沖縄戦 発掘された米軍録音記録~』

アメリカでは戦場にラジオ番組制作スタッフが同行して現場の声や音を放送していたそうです。
その事実だけでも驚きですが、発見された録音テープの内容には思わず背筋が寒くなるような描写がいくつもありました。
特に、一般人の集団自決の現場を目撃した兵士の証言の生々しさには(音声のみなのに)思わず目を背けてしまいました。
映像化されるとオブラートに包んだ表現にされたり美化されることが多いためその凄惨さが伝わりにくいですが、実際にその亡骸の状況を目撃したアメリカ人兵士の言葉には映像に勝る訴求力があります。
『Z世代と“戦争”』

平成生まれのZ世代の若者たちが戦争について語り合う討論番組です。
ちょうど福井に台風7号が上陸中の放送だったためL字情報が出て画面が小さくなっていましたが、それでも集中して見てしまいました。
現在ロシアの侵攻を受けているウクライナ人女性の言葉にも、日本の若者たちには現実感が無いようでどこか「対岸の火事」としか感じていない気がしました。
特に印象的だったのは参加者の一人の元・自衛隊員の男性の言葉です。
「自分は確かに銃の扱い方は知っているが、人間を撃った経験は無い。」
そうです。
(私もですが)現在の日本人の90%以上は戦争経験はもちろん、戦闘訓練すら受けたことが無いのです。
もし、台湾有事が現実となったら・・・?。
楽観論と理想論が大多数を占めるこの若者たちは侵略者たちに対してどう対処するのだろう?。
そんな想いで最後まで見ていました。
先週11日(祝)から15日までの5日間、我が家にはコロナ禍発生以来3年ぶりに日本全国の親戚たちが入れ替わり立ち替わりお墓参りにやって来ておりました。
現在はお盆の喧騒後の寂しさと虚無感を味わっていますが、これもまた3年ぶりです。
ただ、今では従兄弟たちの子供も皆大きくなってしまって、受験が近いからとか反抗期だから(笑)との理由で来ない子が多く、以前のような賑やかさはありませんでした。
子供がいない私たち夫婦としてはその点ちょっと寂しかったです。
残念だったのは、15日に台風7号が関西地方を直撃したことで当日日帰りで来る予定だった大阪と京都の親戚が軒並み来福中止になってしまったことです。
また、関東地方から泊りで来ていた親戚たちも15日早朝にはまるで台風7号から逃げるかのように帰ってしまいました。
来年こそは親族一同が揃って祖先のお墓にお参り出来ますように。
そして出来れば可愛らしい幼子(従兄弟たちの孫)も連れて来て、我が家にひとときの賑わいを与えてくれますように。
m(__)m
今週もお付き合いいただきありがとうございました。
毎週日曜日はこの一週間に観た映像作品を日記代わりに書き留めています。
毎年お盆前後には太平洋戦争もの映画とNHKの戦争ドキュメンタリーを見るのが恒例になっています。
今年は長編映画を1本と、NHKの戦争ドキュメンタリーを6本見てました。
8/15(火)
『あゝ決戦航空隊』🈠
(ホームシアター:日本映画+時代劇4K録画)

お盆のこの日、親戚一家が慌ただしく都会へと帰っていったあと、3時間越えの大長編戦争映画を見ておりました。

主人公は「神風特別攻撃隊」の創始者とされる海軍軍令部次長:大西瀧治郎(演:鶴田浩二)です。
しかし、この映画の大西は兵士の命を軽視する軍の風潮には批判的な人物として描かれています。
冒頭ではアメリカの捕虜となって生還した兵士たちを抹殺しようとする上層部に反論する場面もありました。

実はこの大西瀧治郎中将は、岡本喜八監督の『日本のいちばん長い日』にも登場しています。
ただし、『あゝ決戦航空隊』とは真逆の人物設定でした。
ポツダム宣言受諾を決定した鈴木内閣の東郷外相に対し、見苦しく徹底抗戦を訴えていたあの将校です。
大西「外相、もうあと二千万、二千万の特攻を出せば日本は必ず、必ず勝てます。」
東郷「大西さん、勝つか負けるかはもう問題ではないのです。日本の国民を生かすか殺すか、いずれか一つの・・・」
大西「いや、もうあと二千万、日本の男子の半分を特攻に出す覚悟で戦えば!」
『日本のいちばん長い日』では大西の真意が全く描かれなかったため<人命軽視も甚だしいおバカな徹底抗戦派>にしか見えませんでした。
正直言いますと、私はあの『日本のいちばん長い日』のイメージが強過ぎて、当初は『あゝ決戦航空隊』で描かれる大西中将の人間性が美化され過ぎでウソ臭く思いながら見ておりました。

実際の大西は日中戦争時代から豪胆さと論理性を兼ね備えたパイロットとして部下たちから慕われていました。
しかし、軍上層部は大西の人望と人脈の広さを見込んで「戦闘機に爆弾を積んで体当たりする特別攻撃」を提案します。
(つまり、実際には特攻隊の創始者は大西ではなかったということです。)
大西が自ら手塩にかけて育てた海軍飛行隊にその旨を伝えると、血気盛んな若いパイロットたちは「我こそは!」と志願して出撃していきます。

しかし、大西本人は彼らを見送った後「特攻なんて・・・あんなものは統率の外道だよ。」と哀し気にうなだれます。
大勢の若者たちを死地に送ったことに苦悩し、そして、せめて彼らが残した戦果を正確に報道するよう部下に厳命します。
大西瀧治郎という人が実際にこんな人だったのかどうかは分かりません。
それは監督や脚本家の想像や思い入れによって作られた虚像かも知れませんし、もしかすると『日本のいちばん長い日』で描かれた好戦的な大西のイメージに対するアンチテーゼでしかなかったかも知れません。
それでも、鶴田浩二さんが熱演した大西瀧治郎はとても魅力的な人物像でした。

その大西が、ポツダム宣言受諾の可否を決する御前会議の直前、上司である海軍大臣に「特攻の数を2千万に増やしてでも徹底抗戦するべきだ。」と直訴します。
彼の真意は「国のために」と死んでいった若者たちの志を無にするような国家ならば生き残る価値はないという考え方でした。

この映画で私の中の大西瀧治郎という人のイメージが大きく変わりました。
「神風特攻隊の創立者」という呼び名は、実は切腹して果てた大西に全ての責任を押し付けようとした他の生き残り将校たちの策略だったのではないか?とさえ思います。

ただし、『あゝ決戦航空隊』が映画として良かったか?と問われれば答えは「否」です。
主人公ファーストな描き方なうえにテンポが一本調子のため約3時間20分(休憩込み)がひどく長く感じます。
最後の厚木基地の造反シーンなどは完全な蛇足でした。
特に渡瀬恒彦さんが演じた特攻くずれのパイロットが終戦後に出撃して自ら海に突っ込んで果てるシーンなどは、この物語の骨格を大きく歪ませるだけです。
こんなシーンを描く時間があるなら、大西が最期に望んだ生き残った若者たちの希望を描いて終わるべきでした。

大西中将を先見の明ある人格者として描きながらも、映画のそこかしこに軍国主義への懐古主義が垣間見えるいびつな作りです。
例えば・・・。
特攻兵が「お国のために」「愛する妻を守るため」と笑って出撃して行く。
「死にたくない」「怖い」などと泣いて逃げ出す者は一人も出てこない。
そして、終戦後は生き残った喜びより死に損ねた無念の気持ちのほうが勝ってしまう。
現代の私たちには到底理解し得ないこの異様な感覚は、軍国主義教育を受けて育ちながらも戦争に参加出来なかったかつての愛国少年たちの心の葛藤そのもののように思えます。

あと、気になる人物が出ていました。
大西中将の片腕として人材や資材の調達に腕を振るい、大西の自決現場にも居合わせたという児玉誉士夫(演:小林旭)です。
「児玉誉士夫って・・・どこかで聞いたような?。」と思って調べてみたら、なんとロッキード事件で日米双方の高官の橋渡し役として総理の汚職に手を貸したあの児玉誉士夫その人でした。

児玉は大西の後を追って自分も腹を切ろうとしますが、大西に制されてこれからの日本を見守ることを約束させられます。
しかし、実際の児玉はその後政界・経済界の黒幕となり、挙句の果ては汚職の片棒を担いで逃げ隠れ・・・。
大西中将も草葉の陰で嘆いていたことでしょう。
ちなみに、ロッキード事件が明るみになったのはこの映画の公開から2年後です。
もし制作されるのが2年遅かったら児玉は登場しなかったでしょう。
そういう意味でも昭和という時代をガッチリ掴んでいた映画でした。
今週観た映画作品は『あゝ決戦航空隊』のみです。
その代わりと言っては何ですが、毎年この時期に数多く放送されるNHKの戦争ドキュメンタリーを見ることに時間を割いておりました。
全部で6本ほど見ましたが、特に見応えがあったのは下記の3作品です。
『新・ドキュメント太平洋戦争 1943』(前後編)

戦時下を生きた兵士や市民の日記を元に、個人の視点から太平洋戦争を描いたドキュメンタリーです。
日記に書かれた正直な言葉と当時者が描いたイラストを見ていて、ふとアニメ『この世界の片隅に』を思い起こしていました。
来年は同じ手法で1944年を描くのだろうと思いますが、当事者やご遺族がご存命のうちに可能な限りあの戦争の証言を残していただきたいと思います。
『戦い、そして死んでいく ~沖縄戦 発掘された米軍録音記録~』

アメリカでは戦場にラジオ番組制作スタッフが同行して現場の声や音を放送していたそうです。
その事実だけでも驚きですが、発見された録音テープの内容には思わず背筋が寒くなるような描写がいくつもありました。
特に、一般人の集団自決の現場を目撃した兵士の証言の生々しさには(音声のみなのに)思わず目を背けてしまいました。
映像化されるとオブラートに包んだ表現にされたり美化されることが多いためその凄惨さが伝わりにくいですが、実際にその亡骸の状況を目撃したアメリカ人兵士の言葉には映像に勝る訴求力があります。
『Z世代と“戦争”』

平成生まれのZ世代の若者たちが戦争について語り合う討論番組です。
ちょうど福井に台風7号が上陸中の放送だったためL字情報が出て画面が小さくなっていましたが、それでも集中して見てしまいました。
現在ロシアの侵攻を受けているウクライナ人女性の言葉にも、日本の若者たちには現実感が無いようでどこか「対岸の火事」としか感じていない気がしました。
特に印象的だったのは参加者の一人の元・自衛隊員の男性の言葉です。
「自分は確かに銃の扱い方は知っているが、人間を撃った経験は無い。」
そうです。
(私もですが)現在の日本人の90%以上は戦争経験はもちろん、戦闘訓練すら受けたことが無いのです。
もし、台湾有事が現実となったら・・・?。
楽観論と理想論が大多数を占めるこの若者たちは侵略者たちに対してどう対処するのだろう?。
そんな想いで最後まで見ていました。
先週11日(祝)から15日までの5日間、我が家にはコロナ禍発生以来3年ぶりに日本全国の親戚たちが入れ替わり立ち替わりお墓参りにやって来ておりました。
現在はお盆の喧騒後の寂しさと虚無感を味わっていますが、これもまた3年ぶりです。
ただ、今では従兄弟たちの子供も皆大きくなってしまって、受験が近いからとか反抗期だから(笑)との理由で来ない子が多く、以前のような賑やかさはありませんでした。
子供がいない私たち夫婦としてはその点ちょっと寂しかったです。
残念だったのは、15日に台風7号が関西地方を直撃したことで当日日帰りで来る予定だった大阪と京都の親戚が軒並み来福中止になってしまったことです。
また、関東地方から泊りで来ていた親戚たちも15日早朝にはまるで台風7号から逃げるかのように帰ってしまいました。
来年こそは親族一同が揃って祖先のお墓にお参り出来ますように。
そして出来れば可愛らしい幼子(従兄弟たちの孫)も連れて来て、我が家にひとときの賑わいを与えてくれますように。
m(__)m
今週もお付き合いいただきありがとうございました。
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